ぐるりと見回しても目ぼしいものはない。ザックスは落胆を隠せなかった。
 こういう錆のにおいが充満した場所にこそと自信を持って導いてくれた勘が信じられなくなりそうだ。どんな局面も乗り越えてきた直感という相棒に深い溜息をつきたくもなる。
「客でなけりゃ、とっとと帰ってくれ」
 髪の大部分が白い店主に、にこやかに手を振ると諦め悪くもう一度端から見直した。
 埃の溜まった棚には年代物の真空管や物騒な鉄条網が無造作に転がされている。
 かと思えば羽の飛び出たダウンジャケットが汚れ放題のままかけられているし、楚々としたお人形が分厚い睫毛を閉じて行儀良く座ってもいる。
 ジャンク屋の看板は伊達じゃない。質さえ気にしなければありとあらゆるものが揃っているのだ。
「見る目がないなあ、おやじさん。探し物をしてる客は大事にするのが商売の基本だろ?」
 乱雑に物が置かれたカウンターの唯一ひらけているとこに肘をつく。ここで金の受け渡しをするのだろう。
 ちらりと店主の手元に目を走らせながら心底困っているという顔をした。
 店主はザックスが店に入ってきた途端さっと掌に隠しきつく握り締めている。
 金庫の鍵らしい鉛色のそれを後生大事にしているので、相当がめついと睨んでいた。
 服を着替えないままで来たからてっきり上客扱いされると思っていたが、ここらの界隈で職は関係ないらしい。ソルジャー1stに支給される紺色の服は埃を思い切り吸い込んでいて、少しにおう。
 とすれば、交渉以外に手はない。ザックスはにいっと口の端を引っ張った。
 上下関係の当て擦りの無い場所はお互いに対等な立場だ。切れかけの電球が店主と自分の上でちらついている。
 血色の悪い店主の顔をまじまじと眺め、しばらく探りあいをしたところで徐に切り出した。
「俺さ、贈り物を探してるんだよね」
 呆れ返った店主の眼差しを返されてもザックスは引き下がらない。
 なぜこんな店で、と誰だって思うだろうが、そこが一番見逃しやすいつぼなのだ。
 埃と錆で装飾された店中は薄暗いし換気もしていないのか、どことなく陰気な空気が漂っている。一口吸えば晴れ晴れとした空を懐かしく思わずにいられない。
 しかし、ザックスは自分の勘を信じていた。
 どこかに求めるものがあると気の向くままにうろつかせていたら、ぴんときたのだ。
 派手な店が立ち並んでいる八番街の表通りより、人通りの少ない裏通りのひっそりとした佇まいのあばら屋にこそ自分が探しているものがあると勘が告げている。短いろうそくに火を点けカウンターに乗せると店主は無遠慮にザックスを眺めた。
 二人のいる場所だけがほんのりと明るくなる。引き下がる気は少しもない。
 軽く顎を持ち上げてみせる。
 堂々とした態度に根負けしたのか、何も言わずに背を向けごそごそと壁一面に並んだ引出しを探り出した。
 あくびが二回できる間を放っておかれたが余計なことをせず待っていた。
 下手に驚かせては可哀想だしどんなものが出てくるかとの好奇心がザックスを従順な犬のようにじっとさせている。
 ようやく戻ってきた店主はいくつかのものをごろりと広げた。
「相手は女か」
「ま、そーいうこと。男が贈り物するったらそれしかないだろ?」
 無造作に並べられたものの一つの青く透き通った水晶の欠片を手に取り顔をしかめる。
 ありきたりなものも悪くはないがもっと意外性が欲しい。
 エアリスの、とびきり明るいあの笑顔を見たい。
 古めかしいパイプは骨董品としては価値があるのだろう。けれど、煙草とやわらかな栗色の髪の組み合わせはどうもしっくりこない。調度品にするのも今ひとつだ。
「物好きだなあんたも。いくらでも店はあるだろうが」
 真っ白なレースは棚にずっとしまい込まれていたらしく少しかび臭い。喜ばれるにはもう少し清潔なほうがいい。
「ここだ、って勘が言ってるんだ。それにどうしても印象に残るものがいいんだ」
 色褪せたビロードの箱を開けてみると思いかげず品の良い宝石を頂いた指輪だった。……これは、まだまだ気が早すぎる。
「気紛れな女か」
 そいつはご苦労なことだとやや同情を込めた調子に、ザックスはそれは違うと首を振った。
「まあ、ちょっとだけ変わってるけど、すっごくかわいくていい子でさ。俺の天使なんだ」
 恥ずかしげもなく言うザックスに店主はかるく目を見張った。
 ある程度はものがわかりそうな青年が簡単に参ってしまう女に少しばかり興味が沸く。どんな美人なのだろう。
「そうか。そんなに別嬪さんか」
「そりゃもう!」
 勢いよく答えたザックスに気おされ後ろに下がる。どすんとぶつかってきた店主に棚がきしきしと怒りを現した。
「笑うとめちゃくちゃ可愛くてさ、こう、首をちょこんとやるのが、またたまんないんだよね」
 だからどうしても、とびきりの贈り物が必要なのだ。ちょっと賑わっているところには女の子が好きそうな服もアクセサリーも溢れている。けれどそれでは彼女が喜ぶだけでお終いだ。
 何十年経っても忘れられない、毎年、毎日でも自分の事を思い出してくれるようなとびきりの贈り物をしたかった。
「なあおやじさん、もっと他にあるだろ?」
 隠しているんじゃないかと疑う目に店主はむっつりと眉を寄せる。
 いつも前向きなザックスもさすがに肩を落とした。ここだと思ったのになあとぶつぶつ呟く青年を少し哀れに思いながら店じまいの準備を始める。広げた品物を棚に納めていると、
「おやじさん、ちょっと待った!」
 叫ばれつい取りこぼしてしまい、傷がついただろう鈍い音が聞こえた。
「それ、それだよ、その包み見せて!」
 棚からはみ出た茶色の包みから目が離せなかった。
 麻紐で結わえただけの簡単な包みが探していたものだとザックスの勘が訴えている。
 店主が嫌々ながら取り出しカウンターに載せてくれた包みを急ぎ開いた。中味がさらさらとこぼれる。
「ミッドガルに土なんか残っちゃいねえさ」
 投げやりな店主の言葉も耳に入ってこなかった。
 故郷で何度も目にしたことのある可憐な花を咲かせる種にすっかり心を奪われていた。
 土のある場所なら知っている。エアリスがいるところだ。
 彼女がお気に入りの場所は厚いプレートがないかのようにあたたかな光に溢れている。
 これを二人で撒いて世話をするのだ。花が咲くまでの間は撒ききれなかった種をどこに埋めるか話そう。
 今すぐには無理でも、いつか緑の広がっている場所へ連れて行ってやれば良い。
 ザックスが好きな仕草をして、微笑んでいるエアリスが目に浮かぶ。

 ―― ほら、見てザックス。広くて気持ちいいね

 草の上に寝転がりたがったらいくらでもそうさせてやるし、いたずらな風がエアリスのスカートを巻き上げたらさりげなくかばってやるのだ。男として当然だ。撒いた種が咲かせる花を見に行く約束だってできる。
 雨が降り風が吹く場所の花畑が毎年広がるのをエアリスと一緒に見届けるのはどんな気分だろう。
「ちなみにこれ、いくら?」
 子供のように目を輝かせ尋ねる。種がいくら高かろうとも手に入れるつもりだった。
 エアリスが笑ってくれるとやたらと幸せになれる。こんなに落ち着いていられないなんて、百年に一度きりだ。
「サービスで1000ギル」
 こう切り返されるのも予想している。ザックスはにやりと不敵に笑った。