ソラはとても浮かれていた。
一番暑さが厳しい、真上にやっと太陽が昇ってきた時分なのに、島の広場では大勢の男達が手も止めずに作業を続けている。ソラの祖父と同じくらいの老人から、十になったばかりの男の子も額にびっしりと汗をかきながらそれぞれの仕事をこなしていた。
祭りの前特有の浮かれたくなるような熱気に暑さも気にならないのだろう。
ソラだって同じだった。
肩に担いだ角材の重さが容赦無い負担を与えるのだが、今はそれすら心地良い。
中心部に組み上げられる篝火は祭りの締めを飾る大事なものだ。
細心の注意を払いながら積み上げるとまた一段分だけ背が高くなる。丁度ソラの目線に届いたところだ。
「ほら、どいたどいた。後ろがつっかえるぞ」
日に焼けた腕がソラを押しやる。
振り返れば同じように角材を担いだ男達が次々とやってくるところだ。
ソラを押しのけたのは、角ばった顎に青いものを生やせているおじさんだ。今年の祭りの音頭を任されている。
大人三人分の高さまで積み上げられるそれは、交互に組み上げた角材のバランスが物を言う。
ただ積み上げればいいという訳ではなく、徐々に夜空へと上っていった炎が、最後には上から勢いを削がれていくのが最良とされていた。途中で崩れてしまえば台無しになってしまう。
簡単ではないので子供はやらせてもらえない作業だった。
ソラは今年初めて、手伝ってもいいということになったのだ。

おじさんはソラがのせた角材を片手でちょいと直しながら新たに二本の角材をのっけた。
次の角材を取りに行かないで様子を見ていたソラは少し不満だった。
子供のやることだからと馬鹿にされていると思ったのだ。
もう俺は子供じゃないんだぞ。
口をへの字に曲げているところを見計らったかのようにおじさんが振り返る。
反射的にソラは姿勢を正した。村一番の気難し屋の拳骨は小さい頃からいやというほど浴びている。
出来るならば遠慮したい。その様子におじさんおじさんはにいっと目を細めた。
「ま、ちぃっとは体がでかくなっただけはあるな」
行った行ったと無造作に払われた手の言うとおりにソラは走って広場を出た。
倉庫は村のはずれのほうにある。往復を繰り返していればそれなりの距離にはなるだろう。
眉間に流れる汗を拭いもせずにソラは走った。
顔いっぱいに広がる表情は嬉しくてたまらないということを饒舌に語っている。

ばたばたと走ってくるソラを見つけリクは声を掛けようとしてやめた。
あの勢いなら勝手に気が付くだろう。
考えていた通りソラは走りながら大きく手を振ってきた。
近くまで来るとやっと止まり呼吸を整えるために膝に手をつけて俯いている。
何往復もするというのに体力の配分を考えないソラにリクは呆れて溜息もでなかった。一息ついたと思われるところでリクは手に持っていた水筒を渡してやる。すぐに飲み下すソラに今度こそ溜息が出た。
「浮かれてると夜まで持たないぞ」
暗くなってから静かに祭りは始まる。
初めに美しい染物を纏った少女が広場に入りしばし海への感謝と祈りを捧げた後に長い呼笛の合図で広場はわっと活気づく。皆が夜の空気に酔い老若男女入り乱れて踊りを楽しみ振舞われる酒とご馳走に上機嫌になる。おかげで毎年ちょっとした騒ぎが大人達の間で起こる。
「だってさ、なんだか楽しくってしょうがないんだ」
毎年のことなのに、なんでだろうなとソラは首を傾げた。
浮き立つ気分がちっとも冷めない。準備を進めていけば疲れによって自然と落ち着くものだが、祭りの始まりが近づくに連れどんどん興奮していくのが自分でもわかる。じっとしていられない。
「聞いてくれよ。俺さ、褒められたんだ」
あの気難し屋のおじさんがだよとソラはまくし立てる。
一昨年から参加を許されているリクに対抗心があったのかもしれない。
有頂天になっていたことも相まってほとんど一直線に言葉を滑らせる。
途中水分が足りなくなるとリクが渡してくれた水を飲んだ。
水筒が空っぽになったあたりを見計らってリクは軽く言い放つ。
「ばてても知らないからな」
そう言うとリクはソラが行こうとする方向とは違う方へ足を向けた。
歯牙にもかけられていない様子にソラはがっかりした。顔色も変えない態度が面白くない。
せっかくあった優越感が宙ぶらりんのまま残ってしまった。似合わない重い息を吐くとふとソラは気が付いた。
リクは手ぶらのままどこへ行くのだろう。
さてはさぼる気だなと疑ったのがわかったのかリクはぴたりと立ち止まった。
おまえの考えていることなんてお見通しだとソラを振り返る。
「休憩時間だ。一人でもやろうってんなら止めないぜ」
リクはくつくつと喉を鳴らす。ソラが放り投げた水筒は案の定かわされてしまった。
真上にある太陽にそういえばと空腹を思い出した。
木材を取りに行ってもきっと番の人だって休憩していることだろう。ソラは思い改めるとリクの隣を歩いた。
食べ物を取りに帰ろうかと考えているうちにリクが道を外れる。
リクの家でもソラの家の方向でもない。三本椰子の入り江へ向かっているでもない。
「なあ、どこへ行くんだよ」
休憩時間だって無限にあるわけではないのだからもたもたしていたら食いっぱぐれてしまう。
空腹に耐えかねていたソラのやや非難めいた口調が気に入らなかったのかリクは足早になる。
「うるさいな。おまえが勝手に付いてきてるんだろ」
ソラは立ち止まった。
冷たいリクの返答に虚を衝かれ言い返すのだって忘れてしまった。苛立たしげに角ばったリクの肩をあんぐりと口を空けながら眺める。お構いなしに歩を進めるリクの後ろをソラはついてゆく。立ち止まっていても意味はないとすきっ腹が主張していたからだ。
強い日差しが踏み固められた土の道をじりじりと焦がしぼんやりとした陽炎がのぼっている。
額を伝う汗を拭いながらソラは少しずつ状況を飲み込もうとしていた。
(反抗期ってやつかなぁ)
覚えたての単語がソラの頭に浮かんだ。ちくちく痛む心にわずかながらの薬にはなったようだ。
そう思えば話しかけ辛い彼の背中も幾分か突っぱねているようには見えない。
気に障ることを言ってしまったのだろうかとソラは天を仰いだ。
ふとした折にリクはひどく冷たい反応をすることがある。
一番新しい記憶にあるところでは誰が選ばれるかという話題になったときだ。

祭りで祈りを捧げる少女が決まる前には島中でそんな話がつつめかれる。
海の女神に扮するのは少女と決まっていた。
海は少女のように気紛れでありながら多くの命を懐に抱き育む。
敬意を表して花の乙女を女神に見立てては一年間の深い慈悲に感謝するのだ。
その伝統は変わらず受け継がれているのだが最近は違う色が加えられている。
どこの誰は可愛い盛りだとかいやいやあの子だって、などと不真面目な話題も沸いてしまう。
それというのもほの暗い松明の下で祈る煌びやかに着飾った少女の横顔に現れる妖しさと無垢さの印象が強いからだ。祭りの興奮とは種類の違うそれに興を引かれるのはなにも大人たちだけではない。
遊び場の少年達が集まったときもやはりその話題で盛り上がった。
同年代の少女が選ばれるとあれば無関心でいるほうがおかしい。
最初は客観的な推測だったのにいつの間にか主観的な物言いになってしまうのは若さゆえか。
とにかく岩陰はちょっとした騒ぎだった。
「俺はカイリが選ばれると思うな」
きっぱりと言い放つソラに周りはやんやと囃し立てた。
正直なソラの態度は非常に面白いもののひとつだ。
必死に否定し続けたソラがとうとう吐いたぞと少年達は騒ぎ立てる。
「へえ。やけに素直に認めるんだな?」
勝ち誇ったリクの言い草に思い切り首を振り、ちゃんと聞けよとほとんど叫ぶように言うとソラは咳払いをした。
好きとかじゃなくてちゃんとした理由があるんだと言い張るソラが面白くてしかたない。
リクがからかい半分で促すとソラは少し俯きながら語りだした。
その様子に驚いたのはどうやらリクだけのようだった。
目の奥の一点を見据えた鋭いものにソラらしからぬものを感じる。
落ち着かない気分を持て余しながらリクは黙っているしかなかった。

「だってさ、すごく甘い匂いがするんだ」
海の女神様には誰だってぼーっとなるって言うし、カイリの側にいてもぼーっとなる。これってもう決まりだよな?
それにきれいな目をしてるだろ。思うんだけどさ、女神様よりきれいなんじゃないかなぁ。ほらカイリならあの衣装だって似合うし。こんなこと言ったら村長さんに怒られるけど、女神様の衣装っていうよりカイリの衣装に見えるんだ。だったらカイリがやるのが一番だろ?俺さ、カイリが祈ってるとこを考えるとぞくぞくするんだ。きっとすごい祭りになる。今までで一番きれいな女神様が祈るんだからな。な、わかるだろ?

途中で誰かが口を挟めないほどだった。
胸のうちを吐き出してすっきりしているソラとは裏腹に周りはしんと水を打ったように静かになる。
なんで黙るんだろうとソラが首を傾げていると急にリクが立ち上がり止める間もなくその場を離れた。
ちらりと見えた横顔に赤いものが浮かんでいた。
率直に言うことのどこが悪いんだとソラは腹を立てたものだ。
ましてやリクが聞いてやるとふんぞり返っていたのに、さっさとどこかへ行ってしまった。
リクの後姿を見送っていた友達の一人がぽつりと呟く。
「ソラ、おまえが悪いよ」
友達の顔もトマトのように真っ赤だった。
真面目だったのにとソラは地団駄を踏む。しかしいくら考えても悪いと言われる覚えは無い。

つまり自分の言い方が気に入らなかったらしいということにソラは納得しつつも釈然としないものを抱えていた。
カイリのことを悪く言えばリクが怒るのもわかる。
けれど何一つ貶めることを言っていないのにあんな態度を取られるなんて。
つまづいたソラが心の中で相談するのはいつもカイリだ。
どうしたの、ソラ。
後ろで腕を組んだカイリが優しく笑ってくれると大抵の悩み事は解決する。
空腹の侘しさとリクの冷たさに元気が出ないんだと訴えるソラにカイリは軽く腕を組むと考え込んだ。
すぐに解決策を思い付きソラの耳元で囁いてくれる。
すると悩んでいるのが馬鹿らしいくらいに気持ちが晴れるのだ。
「リク、一人で先に行くなよ!」
反抗期の最中は優しく見守ってあげないと。
悪戯を思いついた子供のように笑うカイリと一緒に笑いたい気分だった。
自分達の家でも入り江でもないとすれば行き先はひとつしかない。
追いついた自分と目を合わせないでいるリクがおかしくてにやにやしてしまう。父親にでもなったつもりでいるらしい。
得体の知れない寒気が背筋を昇り、リクは身震いした。

村長さんの家は村中でも一番大きくて立派だ。
しかし二人とも正面から入ることを避けて裏庭の柵を飛び越える。
誰かに見つかれば不躾を叱られはするが改めようという気はソラにはなかった。
目的はカイリだけで村長さんの小言ではない。広い裏庭を一足飛びに抜ける。可愛らしい模様の窓掛がカイリの部屋の目印だ。
窓の端を二回叩くのを合図にすぐにカイリが近寄ってきてくれた。
窓掛が開けられるとソラはちょっと面食らった。彼女の雰囲気がいつもと違う。
けれどソラの動揺なんかひとつも気に掛けないでリクは腕を広げる。
窓の位置が高いところにあるのでカイリが飛び越えるときは必ず手助けをするのだ。
軽く息を整えてからカイリは身を乗り出す。少し危なっかしい動作にリクは慌てるなよと声を掛けた。
いつまで経っても昔の癖が抜けないでいる。
「お昼まだでしょ?一緒に食べよ」
窓枠を飛び越えてリクの腕にすっぽり納まったカイリが声を弾ませて言った。
片手に持った食べ物が入っているらしい包みを掲げて見せる。
用意して待っていてくれたことが嬉しくてソラは違和感をすぐに忘れてしまった。
すとんと下ろされたカイリは二人が通ってきた裏庭ではなく玄関へと向かう。
家人に外へ出ることを伝える為だ。 ややあってから戻ってきたカイリと一緒に裏庭を通る。
村は祭りの準備で男達が出払ってしまい女達は家の中でご馳走作りに追われているせいかあまり人気がない。どこの家からもお腹に響く匂いが漂っていた。
道すがらすれ違うのは大抵広場の家族へ昼食を届けに行く母親だ。
三人が揃って歩いているのを目を細めてから一言二言声をかけていく。
元気良く答えていたソラだったが途中から気の抜けた返事を返すようになってしまった。
カイリはその様子にころころと笑う。
もう少しの我慢だからねと子供に言い聞かせるようなそれにリクは小さくふきだしソラは力の入らない腹に一生懸命力を込めて言い返す。そうするとカイリがまた笑う。
子犬達が散歩しているようだった。

広場を見下ろせる高台はやわらかい芝生が一面を覆っている。
平時なら子供が遊んでいる時分だが今日は人影がなかった。
皆広場に集まるか家にこもっている。祭りの色に染まってきた広場をカイリは嬉しそうに眺めた。
会場の準備はほとんど力仕事なので女が入るのはあまり良い顔をされない。
差別とかそういうことではなく適材適所を考えてのことだ。
何かあれば事になるとわかっていてもソラやリクと一緒に参加できないのがカイリはほんの少しだけ寂しかった。だから広場の見えるここへ来たのだ。隣に座っているリクを振り向く。考えが見透かされていたのか意地悪さを滲ませた笑みを浮かべるリクと目が合った。
照れ隠しに舌を出してカイリも腰を下ろす。
「早く夜にならないかなぁ」
そわそわしながらソラは呟いた。
盛大な篝火が焚かれると夜空に赤い火の粉が昇り熱気を伴った風がそれを高く舞い上げる。
非現実的な光景は飽きることなく眺め続けていられる。
そこだけ時間がゆっくりとしたものになる気がするのだ。
カイリに準備の進み具合を教えていたリクはうんざりした。
ソラときたら朝からそればかりだ。午後も準備で追われるというのに能天気すぎる。
力尽きたソラを背負って帰るなんてことはごめんだった。
「そんなに浮かれてるとばてちゃうよ」
リクが思っていることをカイリはすらすらと口にする。
それでなくともソラは自制が効きにくい性格なのだ。
カイリに言われてから初めてそれもそうかと深く息を吸う。浮ついた気分が少し落ち着いたようだ。
カイリが作ってくれたサンドイッチを頬張るとようやく人心地がついた。
「汚さないように気をつけろ」
自分が言われたのかと慌ててパン屑を払ったがどうやら違ったらしい。
ソラの真向かいに座るリクが甲斐甲斐しくカイリの服の裾についた土を払っている。
彼女が座るところにだけ布を敷いたのだがちょっと寸足らずだったようだ。
そこでようやくソラは気が付いた。
雰囲気が違うと思ったのはカイリがいつもと違い濃紺の服を着ているからで、年齢よりもずっと落ち着いた印象を与えていた。膝より少し上の丈で良く似合っている。
首の後ろで結ばれた肩紐と肌の対比にソラはくらくらしそうだった。
けれど少し地味ではないか。ソラの疑問はすぐ口にのぼってきた。
「すっごく似合ってるよ。でもさぁ、それってカイリの衣装?」
指差された服の端をつまんでカイリは顔を赤くした。面と向かって言われればやはり照れてしまう。
「うん。ちゃんと付き人に見えるかな」
付き人と聞いてソラは考え込んだ。
祭りの最初に海の女神が祈るはずだ。
もちろん女神に扮した誰かなのだけど、肝心のカイリは付き人の恰好を真似ているという。
つまり今年の女神は彼女ではないということだ。結論に至るとソラはがくりと頭を下げた。
艶やかな装いで広場に現れるカイリの姿がどんどん霞んでいく。とても楽しみにしていた。
彼女が良く見える場所はどこかとかちゃんと考えていたのに。
がっくりとうなだれるソラの沈みようにリクはほんの少し同情した。
瞳は女神様に負けないくらいきれいだとかとても甘い匂いがするんだとか熱っぽく語っていたソラが思い出される。耳に響くそれらを思い出すと恥ずかしくなってしまう。
いざ口に出されると鼓膜に痛かった。リクが羨むソラの実直さの一つでもあり疎ましく思うところでもある。
そういう風に意識したことがなかった。
だからソラの言うきれいだとかぞくぞくするだとかの本当の意味は考えたくない。
感化されるのも意識してしまうのもリクの望むところではなかった。
「もう食べないの?」
食べかけのまま手に持ったサンドイッチを二人は慌てて飲み込んだ。
広場から騒がしい声が聞こえる。もうそろそろ休憩時間も終わりなのだろう。
ソラとリクが食べ終わるのを見届けてからカイリは立ち上がる。
服のしわを伸ばし、腕を高く上げて固くなった体をほぐす。真新しい染料の香りがカイリの全身を包んでいた。
深い濃紺は夜に溶けた海の色だ。夜でも傍に寄り添う付き人の真摯さと忠誠心を現しているという。
その話を聞いたカイリは胸が熱くなった。
誰かがすぐ傍にいてくれる幸せはよく知っている。選ぶほうは最初から決まっていた。
女神の役をつっぱねてこちらを選んだとソラが知ったらもっと機嫌が悪くなっていただろう。
いまでもソラはふて腐れていた。思い込みだったなんて考えたくない。
「カイリが女神様じゃないなんておかしいよな」
「そうかな?私はこっちも好きだよ」
「似合ってるけどさぁ。女神様のほうが俺はよかったよ」
リクはぎょっとした。なんてことを言うんだろう。
カイリが気にしたらどうするんだ。
無言のまま睨み付けてもソラはきょとんとしている。怒鳴りつけたくなるのを抑えるのも一苦労だ。
大げさに溜息をつくソラにカイリも困ってしまう。
本当はあまり似合っていないんだろうか。
ソラが落胆している理由をちっとも知らないカイリは慌てて自分の衣装をいじりまわす。
肩紐も腰の飾り布もちゃんとしている。とするとソラはこの色を好きではないのだろうか。
どんどん暗くなっていく表情にリクは心を痛めた。
「ソラの言うことなんか気にする必要ない」
似合っているとかきれいだとかを言えないリクの精一杯だ。
いきなり告げられたカイリはびっくりして動きをとめる。けれどリクが褒めてくれているのだとわかると不安げだった表情が明るいものに変わる。
ありがとうと頬を染めるカイリにほっと胸を撫で下ろす。しかし今度はリクが驚かされる番だった。
「けどリクだって見たかっただろ」
ソラときたらリクが抑えていることを裏返そうとばかりだ。
「ば、ばか、おまえと一緒にするな!」
具体的に想像したのはソラのほとんど告白に近いものを聞いてからだった。
興味を持っていないわけでもないがそれほど真剣に考えたこともなかった。
けれど他でもないカイリが薄絹の衣を纏い篝火の前に出るという思い浮かべた光景の持つ威力にリクは知らず知らずのうちに打ちのめされていた。
ああもうこいつは。
とうとう負けを認めざるを得なかった。
期待とかそういったものを必死に抑え込んでいたのにソラが繕いもしないからリクまで取り繕えなくなる。
耳まで赤くなっているだろう。カイリの視線が痛い。
軽蔑されるならまだしもカイリがこの先普通に接してくれなくなることを考えるとひどい気分になる。

「でもね、女神様になると忙しいんだよ」
朝から着付けだの化粧だのと大騒ぎだし本番になれば最初から最後までじっとしていなくてはならない。
カイリにしてみれば退屈で仕方のないことだった。二人の顔を交互に見回すと腕を伸ばす。
「ソラとリクだけで楽しむなんて、ずるいことはさせないからね」
ご期待に添えなくて残念ですけど。
お澄まし顔なカイリの手を取ってからやっと大きな間違いにソラは気が付いた。
欲張りだなぁとソラは思う。きれいなカイリも見たいし祭りも楽しみたい。
けれど選ぶほうはずっと前から決まってる。引っ張られてソラとリクは立ち上がった。

夜が待ち遠しい。カイリと同じように広場を見下ろしながら浮き立つ気分を抑えられなかった。
夜中も明るい広場の隅で気が済むまでおしゃべりして踊って、それでも眠くならなかったら島に行こう。
夜の島は自分たちのものだ。
秘密の場所はもちろんのこと砂浜も吊橋も小屋も。
今日だけは夜更かししても怒られることはない。
一晩中三人で過ごせることへの興奮がソラの体中に流れている。つい力が入ってカイリの手を強く握ってしまう。しかし小さな手が離れようとする気配はなかった。
「そうだよな。カイリがいなきゃつまんないよ」
リクも同感だった。
大人たちが楽しむだけの祭りではない。自分たちにだって権利はあるのだ。
だからカイリが選ばれなくて良かったんだと今は思える。
ずっと置物のように座らされているのがカイリだったら楽しい気分になんてなれない。
たしかにきれいかもしれないが、リクはくるくると表情の変わる今のカイリのほうが好きだった。
拗ねていると見せかけてはすぐに笑っているほうが似合っている。

広場が忙しくなってきた。カイリは二人の後ろに回って背中を押す。
早く行かないとおじさんの拳骨が飛びかねないと心配しているのだ。
慌ててソラと坂道を走り下りる。土を踏みしめながらリクは後ろを見遣った。
「あとで迎えにきてね!」
カイリが大きく手を振っている。その仕草はきれいというよりも可愛らしく見えた。
にやけているかもしれない顔をソラに見られないよう少し先を走る。
先に行くなよと相変わらず吼えるソラの進歩のなさを呆れることも忘れるぐらい血が騒いでいた。
夜が待ち遠しくて仕方なかった。

 

  • 06.02.19