冷たい岩に背を預けながらリクは上を向いた。
岩と夜空の差は裂け目を境にしてようやく見受けられる程度のもので、何度見ても快適な夜とは言い難かった。僅かな光源も雲に隠されてしまい秘密の場所はますます薄暗くおまけに蒸し暑い。
額に張り付いた髪をかきあげながらそっと隣の気配に目を向けるとやさしい微笑が返ってきた。
リクに体重を半分預ける形でカイリも座っている。
洞窟の真ん中にある岩のおかげでどうにか体が熱くならずに済んでいた。
溜息を吐かないように難しい顔をしているリクはなるべく静かに声を出した。
「ソラのやつ、何してるんだ」
この時間に秘密の場所へ集まろうと提案したのはソラだった。
唐突な思いつきに聞こえたので最初は軽く流していたのだが、どうやら本気らしいとわかってリクは少し不快に思った。
分別のつかない子供みたいな言い方は好きになることが出来ない。
夜中に家を抜け出すことは悪いことだとリクは諭したのだが頑として聞き入れてもらえず、カイリだけくればいいとまで啖呵を切られたからにはじっとしていられるわけもなかった。
わざわざ噛み砕いて説明した自分が馬鹿だったとリクは後悔している。
「もう少し待とう。きっと、準備してるんだよ」
足元に置いた小さなランプがカイリにつつかれて影をゆらめかせる。
岩壁に写された影はたよりなく形を変えまた細長いものに戻った。
白い頬の横で揺れる髪が細い線を残しているのは傍にあるランプの明りのせいだろう。
三歩先が薄暗い中ではカイリの姿がぼんやりと光っているように見える。
眩しいわけでもないのにリクは目を細めると少し笑った。
何気ない仕草と楽しげな言葉付きのおかげでソラに対する憤りも薄れる。

もうしばらく待ってもいいかとリクは考えた。
肩に触れる細い髪の感触と左半身に寄り添っている軽さは立ち上がろうとする気力を根こそぎ奪っていく。
妙な静けさと薄暗さが同居しているここへ連れて来るなんてと言ってしまわなくて良かったのかもしれない。
くぐるのが窮屈になった洞窟の入口にくるまではどうやって帰る口実を作ろうかと頭を働かせていた。
不道徳だとかまともじゃないとかそういった理由はカイリにある。それはきまりが悪くて言い出せなかった。
今は、どうでもいい。
湿気がぴたりと肌に張り付く嫌な空気があってもカイリの体温は心地良いしびれを与えてくれる。
寒くもないのに体がぽかぽかして愉快な気分になっていた。
触れてもいい手と体があるんだぞと頭の隅から耳打ちしてくる声を努めて無視しながらリクは呟く。
「まあこういうのも、悪くないか」

固い腕により体を摺り寄せるとカイリは嬉しさに息をつく。
切れ長の目にやんちゃな光を躍らせているリクの顔を鏡で見せてやりたかった。
成長が著しいリクの僅かに残った幼さはカイリの喉を乾かせる。
もちろん精悍さ溢れる横顔も好きだったが、時折見せてくれる貴重なものについ引き寄せられてしまうのも事実だ。
ごく自然にカイリの頭を撫でてくれる手も好きだった。
甘えることを無条件に許してくれる大きな手が髪を梳いてくれるくすぐったさにカイリは声を上げて笑う。
「どきどきするよね。リクも」
同意を求めようとした言葉は後に続かなかった。
すとんと暗幕が下ろされたように真っ暗になったのだ。
ランプがあるからかろうじてお互いの姿は確認できるが一歩踏み出せば居場所を目で確認することは出来ないだろう。
胸の中にカイリを抱き寄せてからリクは注意深く辺りを見回した。
頭上にあった亀裂の見分けがつかない。雷雲が出てきたのだろうか。
自分の体の上にカイリをのっけるようにして空いた片手でランプを持つ。
ささやかな明りが照らすのは乾いた地面ばかりであまり役に立ちそうがない。
立ち上がったとしても歩くのは困難だろう。
「嵐?」
「いや、違う」
雨の匂いがしていたらリクはすぐに気が付く。ぐずぐずしていないでカイリを連れ帰っていたはずだ。
おそるおそる尋ねるカイリに短く答えるとリクはランプを突き出した。
長い腕の一本は洞窟の入口を指すようになっていてもう一本はカイリの背中を強く押さえつけている。
首だけで振り返ったカイリの目には単なる暗闇しか見えなかった。
座ったままの窮屈な姿勢のせいなのか息が苦しい。

「どういうつもりだ、ソラ」
苛々とした口調を隠さずにリクは言った。
能天気な落胆の声が上がったと思うと明りが増えて幾分かましに物が見えるようになる。
ランプを片手にソラは頭を掻いていた。
「あっれえ、もう少し驚くと思ったんだけどなあ」
悪びれないで言うとソラは頭上を指差した。
リクとカイリが同時に上を向くと奇妙なことが起こっていた。
長い年月をかけて作られた隙間に小さな椰子の木が生えていた。
生えているというよりはまっているといったほうが正しいかもしれない。
ぶらぶらと幹を投げ出して大きな葉が穴を塞いでいる光景はなんだか滑稽だった。
あれは何だと説明を求めるようにリクが睨むとソラは両手を挙げて大げさに首を振った。
わざわざ怒らせるためにやったことではない。ちゃんと目的があるのだと声を張り上げる。
「ちゃんと真っ暗になったろ。俺さ、いいこと考えついたんだ」
本当に偶然発見したことだった。
秘密の場所が指先も見えないほどの暗闇に包まれたときはびっくりした。
落書きを大事なものにするように撫でていたソラは、また闇が溢れたのかと慌てて扉のほうを見たものだ。
けれど嫌な雰囲気はちっともなく、首を傾げているとまた元通りの洞窟に戻ったので謎がとけた。
外に飛び出し潮風が一段と強かった浜を探すとやはり大きな椰子の葉が落ちていた。
単純な仕組みだ。それを見つけたと同時にひどく楽しげで面白い遊び方を思いつく。
そして昔から楽しいことへの関心が強いソラはある計画を立てた。

マッチをポケットにしまい持っていたランプの火を吹き消してしまうと先程と同じ状態になる。
ソラの姿が消えてしまったのでカイリは慌てたがすぐ近くにソラの顔が浮かんだのでほっとした。
足音を立てないでいられるのを不思議に思いながらもカイリの心は彼が考え付いたことを知りたがって急かしている。
「ソラだけ楽しいのはずるいよ。ね、教えて」
恐ろしさの無い闇を作り出してどうするのだろう。
にいっと笑っているソラの頬をつねってやりたい衝動を抑えながら詰め寄る。
するとリクの腕からランプが離れた。立ち上がったときにぶつかってしまったらしい。
あっと思う間もなく火が消えて完全な闇が三人を押し包んだ。
すぐ近くにいるはずなのにお互いの姿が見えない。
息遣いだけが感じ取れる暗闇にカイリはなんとなく落ち着かない気分になった。
「さて、俺はどこにいるでしょう」
近くにいたはずのソラはもう離れているらしい。
岩壁に反射してどこにいるのかわかりづらいがリクはすぐに見当がついた。
カイリにぶつからないように気を配りながらすたすたと歩いて出し抜けに手を伸ばす。
服の端を掴んだせいか蛙がつぶれたような声をソラがあげた。
「こういう遊びは卒業したんじゃなかったのか」
擦る音が聞こえて再び洞窟が明るくなった。
不貞腐れたソラの表情が赤く照らされている。
いきなり終わってしまったゲームが面白くないのだろう。
おまえはいつも突拍子ないな、と鼻で笑うリクの手を払うとソラは地団駄を踏んだ。
せっかく考えた遊びを馬鹿にされたと思ったのだろう。
文句を言おうとしたソラを遮ると、リクはカイリを振り返った。
「俺が鬼をやる。カイリ、ちゃんと逃げろよ?」
不敵な笑みを浮かべるとソラの手からランプをひったくる。もちろんお前もなと目で言うとソラも目で返してきた。絶対に捕まってやらないぞと挑戦的に踊る瞳には嬉しさも見て取れる。
たぶん自分も同じような目をしているのだろう。
「簡単に捕まると思ったら大間違いなんだからね」
興奮を隠さないカイリの声を聞いてからリクは火を吹き消した。
先程より慎重にソラが離れていきカイリが出来るだけ足音を殺しているのが窺える。
目を瞑っていてもいなくても同じだったのでリクは目を閉じた。
二人の気配があるほかにかすかな音が耳に届く。
忍び笑いのように聞こえるそれの正体をほんの少し考えてからリクは動き出した。
夜の重みに混じっているそれよりも今は二人をどうやって捕まえるかのほうが大事だ。
そろりとリクが動き出すと急に洞窟は静かになった。
穴を塞いでいる椰子だけが、こっそり笑っていたかもしれない。


子供の遊びというには真剣で緊張感のあるものだった。
気配を殺しながら皮膚の上に神経を集める。
そろそろと近づき時折足音を立てると一つの気配が動いたりする。
けれど時間が経つにつれて空耳だったかもしれないと立ち止まっていると思いがけず相手がぶつかったりしてくる。岩壁にぴったりと張り付かれると探すのも一苦労だった。
ほとんど諦めて出し抜けに手を伸ばしてみると相手の首筋に触れたりすることもある。
何度か繰り返すうちにコツを掴んでくるのか鬼が交代するごとに三人ともより深く闇に溶け込んだ。
不思議なことに誰に触れたかは顔を見なくてもわかった。
鬼がランプをつけると想像通りの顔が照れくさそうに笑っている。
手首を掴んで引っ張るとリクはランプに火を灯した。
引っ張り込んだ肩を掴みながらリクが笑うと頬を膨らませているカイリが悔しそうに拳をぶつけてくる。
軽くてぶつけられているという意識はないのだが、仕草がおかしくて笑ってしまった。
「あーあ。やっぱリクは反則だよな」
ぼんやりとした明りの周りにいつのまにか三人が集まっている。
意味の判らないソラのぼやきをカイリはその通りだと頷いた。
どんなに上手く逃げているつもりでも追ってくる。
それにリクはわざと捕まっているような気がした。鬼でいるのを楽しんでいる。そんなのずるいではないか。
「ふくれるなよ。見つけやすいのが悪いんだ」
意地悪く言い放ってからリクはカイリのふくれっ面をのぞきこんでぎくりとする。
白い額に一筋走った赤い線は薄暗くてもはっきりしていた。
どこかでぶつけたのだろう、生乾きの血が痛々しい。
「カイリ、どうしたんだよそれ」
ソラが泣きそうな声を出す。
二人の視線が集まったのでカイリは驚いた。
リクが額の傷に触れてから初めて痛みを知覚したのか顔を歪めた。
出血はそれほど多くない。けれど汚れの付いた傷は放っておいていいものでもなかった。

リクが有無を言わさずカイリを岩壁に押し付ける。背中が痛くてカイリは小さく声を漏らした。
心配しないでと言おうとするが視界が塞がれて何も言えなくなってしまった。
「じっとしてろ」
リクが髪の隙間から舌を這わせると苦しげに息を吐いてカイリの体が逃げようともがいた。
肩を押さえ込み頬に手を添える。指を熱いものが濡らすのを気にしないようにしていてもリクの心は痛んだ。
それを晴らそうとするかのように丁寧に傷に付着した泥を舐め取り吐き出していく。
最初から知っていたかのようにリクの体は勝手に動いていた。
か細い声で痛みを訴えるカイリの手をソラは握った。
ぽろぽろとこぼれ落ちる涙を指で拭いながら出来るなら代わってやりたいと血を吐くほどに思う。
指で掬い取った涙を口に含んでも甘酸っぱいだけで痛みを受け取ってやることが出来ないのが悔しかった。
消毒液を前置き無しにぬられたときよりも鋭い痛みがカイリを襲っている。
熱いリクの舌が触れている傷の熱が全身に広がっていた。
皮膚の上に感覚がむき出しになってしまったようだった。
痛いと感じるのは他ならぬリクが傷口に忍び込む悪いものと戦ってくれているからだとわかっていても嗚咽が押さえられない。手を握ってくれているソラがいなければ倒れこんでしまいそうだった。

何度も傷を吸いカイリの新しい血がリクのものになっていく。
舌の上にざらざらしたものが残らなくなるとリクは顔を離した。
ぎゅっと目を瞑り頬が濡れているのから目が離せない。
短く息をする唇の動きをじっと眺めているとカイリがおそるおそる潤んだ瞳を見せた。
「もう、終わっ、た?」
すがるような目線と掠れた声にやっとの思いで頷くと突然カイリの体が傾いた。
リクが慌てて膝を折り支える。熱っぽい体は無防備に預けられていた。
口の中に残った鉄の味の上に芯がないようなやわらかい髪が飛び込んでくる。
肩で息をするカイリはリクにの胸にすがりどうにか呼吸を落ち着けようとしていた。
華奢な肩の片方だけが赤い。肌が白いので薄暗い中でもよくわかる。
申し訳ない気持ちと浮き足立った感情がごちゃごちゃに混ざり合ってリクは頭を振った。
額の奥のあたりに鈍痛を覚えながら背中を撫でてやるとカイリはなおさらリクに体重をかける。
突き放せといつも冷静な部分がどこかで叫んでいた。
こうなることを恐れていた。
いったん影を潜めた理性は簡単に戻ってこれない。
舌にはりついた髪をつまみあげるとカイリの顎を上げさせる。
ランプの明りは紺碧の瞳を漂う不安げな色をいっそう深い色にしていた。
遊びが遊びじゃなくなるぞと最後の忠告をリクはまるきり無視することに決めた。


下唇をなぞると傷口と同じくらいの熱を持っている。やわらかい。
ほんの少し触れただけで理性とか常識なんて言葉は粉々になってしまう。
反射的に仰け反ろうとするカイリの項を掴んで押さえ込むとリクの舌は易々と唇を割って侵入した。
逃げ場を失ったカイリの小さな声も舌もリクは吸い上げた。
出来ることなら全部飲み下してしまいたいという不条理な欲が腹の底から沸いている。
どちらのものか判別できない唾液がカイリの口の端から垂れるとリクは傷口にしたように舐め取ってまた戻した。息もままならないのにちっとも苦しいとは思わなかった。
湿気を帯びた舌はカイリの首筋や頬、鎖骨を丹念に辿っていく。
閉じたはずの口からもれ出る声は自分のものなのだろうか。
カイリは熱を出したときとは違う種類のうめき声をあげる。
蒸し暑い空気に肌がさらされるとカイリは震えた。優しい手つきなのに空になった口が名を呼んでしまう。

心細さを滲ませた声にソラの胸が痛む。
どう動いていいのか迷っているカイリの手を掴むと細い指に唇をよせた。
爪から掌、手首へと口付けを落としていくと恐れが消えていくのか震えが治まる。
心細げなカイリの瞳は簡単にソラをさらっていった。
耳元に鼻先を寄せて耳朶に歯を立てる。儚いやわらかさに眩暈がした。
同じ島で育っているのにカイリは何もかもが違う。
さらさらした髪や良い匂いのする首筋にと音を立てて口付ける。
小さな花が咲くたびに言いようのない満足感がソラを支配した。
「ひゃ、あぁ」
たっぷりと唾液が鳩尾からお腹の上にぬられるとカイリは含み声を外に漏らした。
リクの舌が通っていくと火をつけられたように熱いのにすぐ氷のように冷たくなる。
軽く引っ掻くように下腹に触れる手は暖かく意地悪い動きをしていた。
くすぐられ身をよじるカイリの腰をがっしりと押さえつけて離してくれない。
強引な指と執拗な舌が白い腹の上から離れてくれない。いやいやをするように首を振る。
そっと歯を立てられるたびにカイリの体がはねて白状した。
「ここ、弱いんだよな?」
形の良い臍に舌を差し入れられて肌が粟立つ。
リクが心から楽しげに笑いながらそれでも動きを止めないものだからカイリは泣き出してしまいたかった。
それができないのはソラが機を逃さずに口付けて安堵を与えてくれるからだ。
歯の裏をなぞられる感触に背筋がぞくぞくとしたものを運んでくる。
喉を鳴らして唾液を飲み込むカイリに優しく微笑みかけてくれるソラの瞳から逃げられない。
「そうそう。良く出来ました」
小さな子供に戻ってしまった気分だった。
ソラが望んだとおりにすると口付けがまた優しくなる。褒めてもらう度に物欲しげな声をだしてしまう。
そうした声をしっかりと聞いていたリクが今度は腿の内側に手を這わせてカイリを揺さぶる。
あまりにも卑怯ではないか。
二人がいないと心細くなってしまうカイリの事を隅から隅まで知っている動きに羞恥心があおられる。
行き先が見えないことが怖い。
「やだ、やだよ」
掠れた声で懇願されてもリクは何にも思わなかった。
むしろ油を注がれたように感じる。
今まで焦らしていたから耐えられなくなったんだろう。
はだけた服に合わない下着を器用に取り去るとそこにも遠慮なく舌を差し入れた。
きつく噤まれたカイリの口から甘い溜息がもれる。
弱いところを的確に見つけ出しては指でいじり甘噛するとカイリは素直に反応してくれる。
ぞくぞくとしたしびれがリクを焦がしていた。
カイリが見せる表情や感情のこもった声は全部自分達のものだ。支配しているという状況がもたらすむき出しの欲はどうしようもなくリクの血を騒がせた。
昂ぶりを隠さずにカイリを抱き起こして膝の上にのせる。
ソラが不満の声をあげたが無視した。
うつろな瞳の上にあるはれぼったい瞼をなめると塩辛かった。
狭くて熱のこもったカイリの中は拒絶するようにリクを締め付けてくるのになめらかで心地いい。
すぐに果ててしまいそうだ。
首にかじりついてくるカイリの頭を優しく抱きしめても啜り泣きがやまない。
なのに離れない細い腕をリクは心から愛しく思った。
慣れない行為に対する痛みと戸惑いが伝わってくる。
和らげてやろうと低い声で何度もカイリの名を呼んだ。
ソラも同じようにカイリをいたわっている。
三人の吐息は混ざり合って秘密の場所に響き渡っていた。
時折ランプの火に影が揺れる以外に息づいているものはなにもない。
口を半開きにしているソラにリクはからかいを交えて言った。
「しょうがないから分けてやるよ。半分だけな」
顎で促されてソラは複雑な面持ちになった。
そうしたいのは山々だけれど余計に辛くさせるのではないかと思うと自分のことはどうでもよくなる。
上気した頬に触れながら控えめにカイリの瞳を覗き込む。
少しでも怯えが見えたらソラはありったけの理性をかき集めようと決めていた。
なのにその覚悟は簡単に打ち砕かれてしまう。
「カイリ」
恥じらいと痛みに耐える潤んだ瞳に切なげな色が浮かんでいる。
小さな唇はソラの形を作って甘い痛みをもたらしてくれる。
慎重に埋め込まれてカイリはきつさに呻いた。
息が出来なくて喘いでいるとすぐにリクは息を吹き込んでくれる。
おずおずと物足りなさそうに見上げてくるカイリの瞳の色を知っているのは世界でも二人しかいない。
海に沈んだ雲はきっとこういう色をしているのだろう。

汗で傷が乾かない。
前髪を梳いて額に口付けるリクの逞しい首に頬を寄せながらカイリは苦労して息を吐いた。
体を貫く熱のせいでまともに物が考えられない。
いつもそうだ。何も言わせてもらえない。言おうとしても自由が利かない。
二人の熱を分け与えてもらえることがどれだけ幸せなことかを伝えたいのに体中から力が抜けてしまう。
ソラが優しく呼びかけてくれてるだけで、リクがそっと頬を撫でてくれるだけで十分だった。
カイリの欲しいものはそれだけなのに持ちきれない。頭の奥がはじけた熱にカイリは背を仰け反らせた。

 

  • 06.04.09