リク、カイリ。
喉から手が出るほど情報が欲しかった。どこにいるのか、ちゃんと無事でいるのか。
追いかけても後姿が遠のいていくばかりでソラは焦りを覚えていた。
やっと影が見えたと思ってもすぐにぼやけてしまう。
何も教えてくれない王様を恨みたくなる気持ちが油断するとすぐ沸いてくる。
それだけソラは必死だった。歯軋りをする彼の顔はディスプレイの明りのせいで血色が悪い。
自分で調べるしかない。
あの気持ちの悪い男のこんぴゅーたーだろうが少しでも手掛かりになるのならなんでもいい。
逸る心に押し流されているせいで何度か間違えたが、ちゃんと入力できたようだ。
きーぼーどを操作するだけだと教えてもらわなければにっちもさっちもいかなかっただろう。
検索中の文字を食い入るように見つめるほんの数秒が耐え難い苦痛だった。
「やった、あったぞ!」
喜びの声を上げるソラの後ろで仲間達が頷いている。
友達を探し続けているソラがどんなに苦しい思いをしているかをよく知っているからだ。
仲間の二人はそっと後ろに下がり彼のしたいようにさせてやった。

会えなくなって随分経つ。
大きなディスプレイに映し出されたのはたったの三つだけ。
けれども髪の毛一本の痕跡も見出せなかったソラにとってやっと見つけた手掛かりなのだ。
どんな物よりも価値がある。
一つめにはカイリの名が表示されていた。
指先が震えているのが自分でもわかる。
会いたくて仕方のない女の子。機関に攫われたカイリがどんなに怖い思いをしているかを考えるだけでじっとしていられない。すぐにでも助けに行きたいのに、カイリがどこにいるのかすら知らないのだ。
ソラは祈るようにディスプレイを眺めていた。



<天使の笑顔は今日も曇ることなく澄み渡っていた。あの瞳の前では罪囚も身の程を忘れてしまうに違いない。海のように深い優しさを湛えながら心をとらえて離さぬ愛らしさ。ああ私の天使。いつか君の瞳のような宝石を手に入れたら真っ先に捧げよう。もっとも君の前では宝石すら霞んでしまうだろうが。
神は罪深き私を許してはくれないだろう。しかし私の天使は全てを許してくれる。春風の微笑みの前に抗う術は無く、生あることに感謝しないでいられない。あの小さな唇がさえずる言葉はどんな睦言よりも甘く、とろかせてくれる。私は喜んで天使の虜になろう……>

カイリがにっこりと微笑んでいる写真にソラはどきりとした。
ずっと昔に見た幼い頃そのままの笑顔が眩しい。
可愛い花柄模様のワンピースを着て笑っているカイリ、お化粧をしてしおらしく座っているカイリ、純白のドレスに瞳を輝かせるカイリ、安らかな寝顔でぐっすりと眠っているカイリ。
笑顔は同じでも見たことのない姿ばかりだ。ソラはしばらく心を奪われていた。

頭の上にきらびやかな髪飾りをつけて嬉しそうに微笑んでいる彼女の傍にいつのまにか自分がいる。
ちょっと悪戯っぽくカイリが笑いかけてくれる。
自分は照れくさそうに彼女の頭の上に髪飾りをのせて、額にかかる髪をかきあげる。
それから白い額に顔を近づけて。

それにしても、とソラは表情をかたくした。
写真の横に並べてあるくさい文はなんだろう。
一枚毎に読むのがだるくなってきそうな、有体に言うとしつこい詩っぽいものがやたらと癇に障る。
情緒的なものに疎いソラから見れば味の濃いグラタンみたいなものだ。カイリの隣にあるだけでむっとする。
天性の勘の良さを発揮して素早く指を滑らせた。
使い方がわからないはずなのに、こんぴゅーたーはソラの言うとおりに働いた。
一つ、また一つとカイリの写真だけが残っていく。
写真以外をすっかり消去したソラの顔は満足感に溢れている。
ついでに高画質でプリントアウトも忘れない。
もちろん紙は丈夫な耐水用紙だ。色褪せにも強く、表面はコーティングが施されているから滅多なことでは汚れない。
それらを懐に大事にしまいこんでから持ち前の前向きさを取り出した。
居場所はわからなかったけれどきっと無事だ。もしかしたら他に情報があるかもしれない。



次にはリクの名が出されている。
どこにいるんだ、教えてくれ。
ソラは親友を求めていた。無事でいることは疑っていないけれど不安が尽きることはない。
扉の向こうに消えていった姿が焼き付いて離れない。
言ってやりたいことが山ほどあるはずなのに、リクの名前だけでソラの思考はふっとんだ。
期待に浮き足立ってしまう。深く息を吐いてから情報を開く。

<身長が伸びたらしい。窮屈そうに背中を曲げているから何事かと思っていたが、相変わらず素直になれないらしい。久しぶりに街に下りた。あの年頃の趣味はよくわからないが、成長期を阻害するのは思わしくない。気に入ってくれるといいが。選ばれし者である彼を助けることが今の私に唯一出来ることだ。願わくばいつか彼が天使の傍へ帰れる日が来ることを祈っている。否、そうなるに違いない。
そういえば前髪が一月前から目にかかっている。そろそろ散髪をしてやったほうがいいだろう。最近は折角のアイスも食べなくなった。甘いものが苦手になったのだろうか。……>

見覚えのある銀髪に、ソラは口から心臓が飛び出しそうになった。
が、よくよく観察すると隠し撮りをしたとしか思えない後姿だ。
写真の端には壁らしいものが入り込んでいる。狙っていないにしても用意周到すぎるにおいがする。
諦めきれずに体を傾けてみたが背中の斜め半分しか見えない。
肝心の顔が見えなくて舌打ちをする。
身長がこれだけ伸びていると比較する写真もあるのにデータにあるものは全て顔が写っていない。
しかも、とソラは顔を歪めてからきーぼーどに指をすべらせた。
念入りに観察記録風の描写を削除する。
彼がこれを見たら発狂してしまいそうだからだ。
リクは自分のことをソラとカイリ以外にあれこれ言われるのを嫌っている。
あれで中々外見には気を付けているタイプなのだ。
親友への友情を強く感じながら徹底的に真っ白にした。
どこにもリクのことを鬱陶しく書く文がなくなり、ソラは一仕事を終えた後の充足感に満たされた。
額に浮いた汗をすっきりした表情で拭う。
こちらも手掛かりとして写真を高画質でプリントアウトしておく。
もちろん耐水性の表面がコーティングされているものだ。
懐にしまった写真を服の上から押さえると体がぽかぽかしてくる。
こうしてすぐそばにあるだけで元気が沸いてきた。
宝物にしようとソラは心の中で誓った。



肝心の居場所は最後にかけるしかない。
最後は意味がよくわからない表記だった。
ばつってなんだろう。リクが駄目ってこと?
嫌な予感がちらりとよぎったが、迷うことはない。
どんなことでもいいからリクとカイリのことが知りたかった。
一風変わった景色が映し出される。
この無機質な箱が映し出すには不釣合いなほどだ。
さっきから出される情報は脈絡がない。頭を何度も切り替えなければならず、疲れを感じる。
けれどへこたれてなんかいられない。リクとカイリがすぐ近くにあるのだ。ソラは殊更集中して画面を見詰めた。

どこまでも広がる綺麗な海に鼻がつんとする。
タイトルらしいものが表示されたあと、説明文が画面に流れてくる。
「ですてにーってなんだよ。選択肢は三つとか意味わかんないし」
ぼやきがソラの口から漏れた。
ゆったりとした音楽はどこか甘ったるい響きを持っている。
恋人同士が人知れずダンスを踊るような印象を受けた。もちろんソラにとっては単なる音でしかなかったが。
見覚えのある男の子と女の子が手を繋いでいる。
三人の秘密の場所にとてもよく似た場所で内緒話をしているようだ。
ひっそりと記憶の中に沈む透明な石が揺り動かされるのをソラは感じていた。

なんだろう、懐かしい…。

目が離せない。薄暗い風景なのにはっきりと見えた。

あれはリクとカイリ。それから、俺。よく覚えている。
秘密の場所で三人で仲良く遊んでいたときだ。他の友達からはけっして見つからない場所で二人と暗くなるまで遊んでいた。ちょっと悪いことをしたって誰にも見つかることがない、楽しさに満ちた空間。

浸っているソラの前に突然文字が現れた。
<行動を選んでください。1・秘密の儀式 2・秘密の遊び 3・秘密のお絵かき>
選択肢ってこれのことかと頭の遠くで妙に納得していた。
ぼんやりと眺めていたソラは無意識のうちに指が動いているのに気が付かなかった。

  データを消去しますか?
  →はい  いいえ



「なんだよこのポンコツ!」
がんがんと思いきりこぶしを振り下ろす。
後ろではらはらしていた仲間が慌ててソラを止めた。

データがありませんと繰り返すコンピューターは、再び反乱を起こしたとか起こさなかったとか。

 

  • 06.06.28