目配せしあってから、ソラはあっと声をあげた。走っていた足が一斉に止まる。
「そういえば俺、忘れ物があったんだ」
とってつけたのがすぐわかる。わざとらしいつぶやきにリクは顔をしかめた。
こういうときほどソラの素直さはあだになる。助力を求める視線にリクはしかたなくうなずいてやった。
「だらしないな。何を忘れたんだ?」
ぱっと顔を明るくしたソラは、少しも悪びれずに言った。
「えーとなんだっけ。あ、こっちの話。とにかく、あれを忘れちゃってさ」
打ち合わせた半分もまともにできていないし、ますますわざとらしい。
カイリも首を傾げている。
器用にやれとは言わないが、せめてもう少しなんとかならないだろうかとリクは苦く思った。

影達はどこから沸いてくるかわからないので、緊張が途切れることはない。
ソラもリクも、肌の上に感じる些細な空気の動きに気を配っていた。
ソラのまっすぐ伸びた背はやや少年らしさを残しているが、やわな攻撃を受けたくらいでは折れることはない。
作った打ち身の分だけ、それすらもとうに越した動きを体が覚えていた。
一方リクは、ほとんど青年の体だったが、どこか油断らしいものを漂わせている。それを見抜けない者は、しなやかに振るわれる剣の餌食となるのだ。
襲いくる影に多少頭が回る奴がいれば、一際やわな一角を責めてやりづらくする方法をとるだろう。
ソラもリクも、本能的に弱点を悟っていたからなるべく気付かれないようにカイリを守っていた。
引き返そうとしていることが知られれば、背中を狙われる。お互いごく慎重になっていた。
この作戦が成功するか否かで、これからの戦いは随分変わる。

「じゃあ、取りに戻らなくちゃね」
それまで黙って話を聞いていたカイリが口を開く。
ソラとリクを交互に見渡し、体の後ろで手を組むとつま先で地面を叩いた。
気持ちが落ち着かないときのカイリは、こうする。
それを見たソラの頭の中に、殻に押し込められたひよこが浮かんだ。
殻を割ろうとしているのを邪魔しているような不安な気持ちをぐっと抑える。
(やっぱ、今しかないよな)
目的の場所が近づくほど緊張は高まった。
以前の自分では感じなかったであろう、圧倒される気配はどんどん強くなる。
なんて重さだろう。体全体に重りをつけられたみたいだった。
その上、この世界の空気は吸い込む度に苦味が増す。
リクとカイリという心残りが全て消えた時になって、やたらと気にかかった。
もちろん、負けるつもりは露ほども無い。ソラは今の自分が誰かに打ち負かされること自体信じていなかった。
ただ、言いようのない、肌に吸いつく嫌な感覚がどうにも気になる。予感に近い。
「ごめんな、面倒なことさせて。それじゃ」
行こう、とカイリに手を伸ばす。
せめてカイリが少しでも楽なようにとソラのやさしさが働いたのだ。
いつだってすんなり収まってきた小さな手を引いて、引き返すつもりだった。
後戻りの道のりは、考えるだけでより長くなる。
せっかく会えたのにまた離れることを思うと、少年らしい心はいやだいやだと不満でいっぱいだった。
そんな我侭を言える状況ではないと、能天気なソラもさすがに自分を抑えた。
カイリに向ける目はやさしく、有無を言わさない光に満ちている。
「うん、わかってるよ」


頷くと同時に、素早く動いた。飛びつかれたリクは目を丸くする。
ほとんどカイリの為のやさしさは、カイリだけに聞こえる音を立てて落っこちた。
なんて悲しい音だろうとカイリは思う。ソラのやさしさを無下にすることはとても辛く、胸が苦しかった。
しかしカイリの決意も堅かった。しがみついた腕にも余計な力が入る。
一度決めたら、滅多なことでは妥協しない。
それはソラもリクもよく知っている。
だからこうやって下手な、ものすごく回りくどい演技をしていたのだ。

想像していなかった事態に、ソラはぽかんと口を開けた。カイリは、何をしようとしているのだろう。
「リクと私は、ここで待ってればいいんだよね」
うっかりすれば心を奪われそうになるほど魅力的な笑顔だった。
カイリのもう半分の手は、リクの片腕にしがみついて離れそうもない。
ここで離してしまったら後がなかった。
気遣いは涙が出るほどうれしかったが、単純にうれしがってもいられない。
徹底的に知らないふりをしようとカイリは決めていた。
うそをつくのが下手なソラが一生懸命なのを、気付かないでいるしかなかった。
「気を付けてねソラ。大丈夫、私たちなら心配ないよ。ね、リク」
ずっと昔から頼りにしてきたリクに、卑怯であることを自覚しながらカイリは助けを求めた。
ソラの手を振り切るにはどうしてもリクに助けてもらうしかない。そうでもしなければ、ソラに負けてしまう。


振り仰いだカイリのすがる視線をまともに受けてしまい、リクは狼狽した。
(まずいな)
流されてきた雨雲の片鱗を見つけたときのように気持ちが沈もうとしている。
地を湿らす雨にいち早く気付いたところで、リクがやれることは少ない。
せいぜい一緒に遊んでいるソラとカイリに声をかけて、雨宿りできる場所に駆け込むくらいだ。
その度に自分の小ささが嫌になった。
あの感覚を思い出すと、きまって舌の上が苦くなる。過分を求めるあまり多くのことを見失ったのだ。
だからこそ、目に見えるものを守りたかった。
思いもよらない抵抗にあわてるソラと、自分を頼りすがるカイリ。今のリクの目にはそれ以外入らない。
さて、どうしたものかと考える。
視線をやや上げる。頭の中を整理したいとき、リクはいつもこうした。
自分達を取り囲む空気は、忌まわしくさえある。
こうして立っている実感はあるのに、足元が頼りない。
無機質で堅い床や壁がこんなに薄っぺらい理由はいくつもあげられる。
それらの、とても一言では足りない様々な想いがリクの胸を通り抜けた。
残る相手はたったの一人なのに、この威圧感はどうだ。
外と内から責められ、背中に冷たい汗が流れている。
初めて足を踏み入れたときよりも感覚が鋭くなっているのは、何よりも大切な二人がいるからだ。
必死だったあのときより、終着が見えてきた今のほうがおそろしく感じる。
闇がもたらす恐怖心などとうに捨てていたリクは人知れず、自らが生み出す喪失への恐怖心と戦っていた。
ソラとカイリに迫る闇を振り払えるか、はっきりと自信が持てない。
ふと視線をもどし、紺碧の瞳をのぞきこむ。懐かしい、ずっと見たかった色が、誰よりもリクを必要としている。
カイリの体温はひどく熱く、軽い眩暈をおぼえた。
この細い腕を振り払うことは、心を捨てるより難しい。そう思えば、ごく簡単に恐怖は退いた。
弱くて情けないことには変わりないが、こんな風に悩めることもうれしかった。
あれこれ画策してみるのもいいが、結局のところ、進むしかないのだ。
物言いたげなソラに向けて、かるく首を振る。飲み込みの悪いソラを、リクは顎を引いてややいじわるく笑った。
「そうだな、俺達はここで待ってる。だからお前一人で行くんだな」
リクの目にやさしい色が宿ると、カイリはますます強くしがみついた。
愛撫を嬉しがる子猫のように頬を寄せ、ほっとしている。
あんまりくっつかれて、リクは少し照れくさかった。
頬に赤みがさしているせいで迫力が薄れているのを本人は知らないのだろう。
(俺もまだまだだ。カイリにはかなわない)
逆に覚悟が決まった。足踏みは、やっぱり性に合わない。自分が、自分にしかできないことをやろう。


もしリクに味方してもらえなかったら、状況は芳しくなかったろう。
あとは。
ちらちらとソラを窺いながら笑顔はくずさない。
ソラは一度決めたら簡単に曲げてくれないことをカイリは身に染みて知っている。
そのせいで喧嘩をしたことだって一度や二度ではない。負けるもんかと、お腹に力を入れる。
どちらも岩のように頑固だった。
(怒られたっていいよ)
ソラがけして手を上げないのはわかっている。
そのソラがもし怒ることがあっても、カイリは譲るわけにはいかない。
今更置いてけぼりなんて、絶対にいやだった。
本当に怒りたいのはカイリのほうだ。
ソラの気持ちは痛いほどわかる。
だったらこっちの気持ちだってわかってほしい。やっと会えたのに、離れるなんて。
いきなり、ぞくりと背筋が寒くなる。
ここの空気には慣れたと思っていたが、思い込んでいただけのようだ。
視線を走らせ影達に囲まれていないことを確かめる。
もしいたとしても、ソラとリクならとっくに感づいていたはずだ。
それでもカイリは確かめずにいられない。なんでもいいから二人の為になることをしていたかった。
目に飛び込んでくる空間を彩る色は、どこまでも暗く深い。
その色は形の違う野心を持った男達をどうしようもなく思い出させ、カイリの体に寒気を与える。
気を張っていたときより、安心できる今のほうがこわさは鮮明だった。
心に侵入してくる色に平気な顔を、カイリはとてもできない。そろりと舌に乗り込んでくる苦味に顔を振る。
カイリには確信があった。こんなこわさ、ソラとリクがいれば吹き飛ばせると。


心底困り果てているのかソラの表情は険しい。組んだ腕の隙間からのぞく指が忙しなく動いている。
肝心のリクが掌を反すなんて、思ってもみなかった。責めたい気持ちはあるが、それは後回しだ。
「俺一人で?冷たいなあ、二人とも」
あくまでもにこやかなソラに、カイリの表情がくもった。
まだいけると自信を持ち直す。
ずるいやり方かもしれないが、なりふり構っていられない。
どうにかしてカイリを連れていかなければいけなかった。こんな場所に一分一秒だっていさせたくない。
「ほら、行こう。忘れ物を取りに戻るのだって、立派な作戦だろ?」
駄々をこねる子供に、やさしく言い聞かせるようにまた手を伸ばす。
その手をじっと眺めるカイリは、まだ迷っているようだ。ずいっと一歩進み出ると、リクの背に隠れられてしまう。
ソラは頭をかいた。そんなに嫌がられることだろうか。
もしかして汚れていたかと、服で手をごしごしこする。
「鈍いな。まだわかってないのか」
あまりの察しの悪さにリクが助け舟を出した。
つい鋭い目を向けてしまう。上手くいくかどうかの瀬戸際なのだ。
それなのに鈍いだのなんだのと言われれば、ソラだって気を悪くする。
大体鈍いのはリクのほうだ。どうしてカイリが行きたがらないかちっともわかって。
あっとソラは声をあげた。
「もしかして、とっくにバレてたり、する?」
おそるおそる尋ねたソラに、カイリはひょっこり顔を出していたずらっぽく微笑んだ。
やれやれとリクが呆れている。
「ざんねん。ソラの考えてることは、とっくにお見通しだよ」
リクのせいだ、とソラは思う。リクが味方してくれたら、こんなにややこしくならなかったのだ。
頭を抱えてうずくまる。まさかバレるなんて思っていなかった。
カイリが笑っていてくれても、気持ちが静まらない。
企みが表に出てしまった以上、カイリを安全な場所へ連れて行くのは諦めるしかない。
実のところソラが恐れているのは他にある。
(うそだろー)
全部終わらせて、島に帰ってから怒られようとソラは覚悟していたのだ。
今怒られるのと後で怒られるのとでは、意味が違う。つまり企みがこんなに早くばれてしまっていたら。
(どうしよう)
カイリに嫌われることを思うと、身も世も無く泣きそうだった。
どうにか涙をこらえられたのは、ここが敵地のど真ん中だということを忘れていなかったからだ。
「お前は単純だからな。ばれないほうがおかしいんだ」
慰めてくれるリクの声も、ソラの耳には遠い。どっと疲れが出て、そのまま座り込もうとした。

だが、そう簡単に休めないらしい。反動をつけて立ち上がり構えた手にはすでに剣がある。
カイリを背中にかばおうと手を伸ばす。が、またもやその手を掴むことができなかった。
「リク、お願い!」
迫りくる敵の群れを前に、カイリは背筋を伸ばしリクから渡された剣を構えて立っている。
どうやらソラ達と一緒に肩を並べ、戦うつもりらしい。
「ソラ!」
その光景にぼうっとしていたのだろう。カイリに声をかけられて我を取り戻した。
あれこれ考えながらでは体も上手く動かない。こうしている間に、影どもは間合いを詰めている。
絶対に近寄らせるものか。
自然と体の芯が熱くなる。ソラは、深く息を吸うと勢いよく飛び出した。



肩で息をするカイリの手から、剣が音もなく消え去る。
いまいち仕組みがわからなかった。
リクに渡してもらわなければ戦えないなんて不便で、やさしくないとカイリは口をとがらせる。
本当に必要なときにきっと困ってしまう。
軽くなった右手を不満げに眺めていたカイリは、視線を感じて顔を上げた。
少しも息を乱していないソラが、ちょっと怖い顔でこちらを見詰めている。
こんな表情見たことない。静かに怒りを抑え、その怒りをどうにかしようと苦心しているようだ。
これから喧嘩をするんだったと思い出したカイリはとっさにリクの背に隠れようとした。
そのリクにもくたびれた様子はない。額に汗を浮かべているのはカイリだけで、いやでも未熟さを痛感させられた。ソラとリクがどんなに成長しているか、一緒にいるからよくわかる。おもちゃの剣で遊んでいたころとは訳が違った。
盾にしようとしたリクは、すっと立ち位置を変える。
顔色も変えずカイリの腕を掴むとぐいっと引っ張り、ソラの前に立たせた。
「リク」
リクを真ん中にして、向かい合うことになってしまった。うらめしげにカイリが呼んでも、応えてくれない。
こんなときだけ中立だなんて、ずるいとカイリは思う。
ソラはあいかわらず怖い顔で、カイリの瞳を見ていた。透き通る真っ直ぐな視線から目をそらしてしまいたい。
珍しく弱気になっていた。
(だって、一緒にいたいんだよ)
先ほどの戦闘でも、カイリはあまり役に立っていない。
なんとか影たちを退けたが、ソラが前に飛び出しかばってくれなければ、またリクが大きな背に隠してくれなければ怪我をしていたかもしれない。
つまり、無傷なのは二人のおかげだった。そのことがカイリをますます弱気にさせる。
「足手まといにはならないよ」
弱い気持ちを悟られてなるものかと力強く言った。
「だから一緒にいく。ううん、もう決めたからね。私だけ置いてけぼりなんて、許さないんだから」
腰に手をあててソラの顔をのぞきこむと、きっぱり言い切った。
「あたりまえだろ、そんなの」
さも当然という風にソラが答える。
え? とカイリはびっくりした。
ついさっきまで首輪をつけて引っ張っていく勢いだったのに、どういう心境の変化だろう。
とにかく一人置いていかれることはなくなったらしく、ほっとした。
それよりもソラの表情が気になる。安堵をかみ締めていられなかった。ソラが心配だった。
こんなに怖い顔をさせるのは自分のせいだと、カイリは思っているからだ。
剣を握っていた掌が持ち上がる。今度こそソラに捕まえられてしまった。
カイリの小さな掌をいそがしくひっくり返したり、指を広げたり、しつこく触っている。
あんまりくすぐったいのでつい笑い声がもれた。それでもソラはやめようとしない。
つぶれた豆が硬くなっているのを確かめると、涙ぐみそうな気配だった。
「これ、痛かっただろ」
リクものぞきこんで、顔をしかめた。白く小さな手に似合わない痕がいくつも残っている。
二人が留守の間、カイリが見様見真似でおもちゃの剣を振るっていたときの名残だ。
「ちょっとだけ、ね」
今度は無理をしないで、正直に言う。
慣れないことをすると、体のほうがついていかないものだ。
消毒液がやたらと染みるから弱音を吐いたこともある。
でも、それが何だというのだろう。ソラとリクの手だってカイリ以上に傷付いている。
今度こそカイリは困ってしまった。ソラの言いたいことがわからない。
置いていくつもりでなければ、なんだろう。


「なあ、まだ怒ってる?」
ぎゅっと手を握りながら尋ねる。成り行きを見守るだけの姿勢に入ったリクは頼りにならない。
だからソラはたった一人で、カイリに言わなければならなかった。緊張しすぎて口の中が渇いている。
頼られるのは悪い気はしない。が、リクに言わせれば、頼っていいときと悪いときがあった。
だからこうして、二人を見下ろしながら待っている。組んだ腕はてこでも動きそうにない。
「怒ってるのはソラじゃない」
「そんなわけないだろ」
つい声が大きくなった。忘れ物なんて見え透いた嘘をつくんじゃなかったともう後悔している。
思いつきで行動して、失敗したらくよくよ悩んで、また前を向く。
そういうソラが、なかなか頭を切り替えられないのはカイリのことだからだ。
へたくそな演技までしたのにこうも簡単に失敗して、さすがに立ち直れない。
「怪我するかもしれない」
考えていたことを見透かされ、カイリは顔を赤くした。
自分が怪我をすればソラとリクがどれだけ気に病むかをわかっているのに、助けがないとまともに戦えないのが実状だ。その不安を指摘されて、返す言葉がなかった。
「でも、足手まといには」
ちがうとソラは首を振る。
これから戦いに赴くというのに、かなり物騒なことをソラは思っていた。
カイリはひどく気にするけれど、戦うことなんてどうでもいい。戦力よりも大事な存在だった。
「そうじゃないって。俺たちはカイリがいてくれれば、絶対負けたりしないんだから」
真面目でふざけてる様子はどこにもない。
握り合った手はあたたかく、カイリはうれしくなった。力になれることがうれしくて、今すぐ飛びつきたい。
だが素直によろこぶのはまだ早かった。ちらりとリクを見遣る。
「本当だ。おまえがいればどんな闇にだって呑まれたりしない」
ちょっとくさかったかなと思ったが一度言ったことは取り消せない。
照れ隠しにリクがぽんと頭に手をのせてやると、よろこびを隠せないのかカイリに笑顔がこぼれた。
あとはきちんと確かめるだけだと、改めてソラに向き直る。
「じゃあどうして、置いてけぼりにしようとしたの?」
それがわからない。
助けになれるなら一緒にいたいし、足手まといだとしても自分のことは自分でするつもりだ。
魅力的な笑顔でいたずらっぽく尋ねられ、ソラは困ってしまった。


正直になるのは難しい。カイリが心配でたまらないから、安全なところへ連れて行きたいだけだった。
突き詰めてしまえば我侭でしかない。
負けないといっておきながら、カイリが傷付くことを考えるとやたらと臆病になってしまうなんて、素直に言えたら苦労しない。
「つまりさ、俺にも事情は色々あるってことなんだ」
ひどい説明だとリクは顔をしかめた。
もっと言いようがあるだろうと、つい横槍を入れたくなる。
ソラに任せようと決めたのは間違いだったと自分の選択をうらんだ。
(カイリを怒らせたらどうするんだ)
(しょうがないだろ。これで精一杯なんだよ)
今度はソラとリクの雰囲気が険悪になってきた。
カイリの前で喧嘩をすると機嫌を悪くさせてしまうから、目だけで言い合うのが二人の癖になっている。
「ふうん?」
それを見て、カイリは納得した。
「ほんとは忘れ物なんてしてないんだもんね」
ソラの手はあたたかくて、リクの手はすっぽりと包んでくれる。
この手が昔からカイリを引っ張ってきてくれたのだ。
しっかりと握り締めた二人の手は、新しく手に入れた剣よりも手に馴染む。こうするのが当たり前だった。
「ソラもこうしたいなら、素直に言えばいいのに」
さあ行こう、とぐいぐい手を引っ張る。慌てた足音がおかしくてたまらなかった。きっと二人は目を丸くしている。
実際ソラもリクも、カイリの突拍子もない行動に、どうしていいかわからなかった。
手を引かれているから、まるで姉と弟みたいだ。
(俺のほうが大きいのに)
変なところで意地が出て、急いでカイリの隣に立つ。リクも同じようにカイリの隣に立った。
その二人にカイリは笑顔になる。懐かしくて、やさしい笑顔だった。紺碧の瞳は吸い込まれそうなほど深い。
(あれ?)
おかしい、とソラは思った。緊張は変わらずあるが、体に纏わりついていた嫌な感覚がちっとも気にならない。
わかるのは、カイリが手を握ってくれるだけで疲れがみるみる取れていくことだけだ。
「そうだよな。最初っから、ちゃんと言えば良かった」
小さな手は今までどおり、ソラの手に収まっている。力を込めると、カイリもさらに強く握り返してくれた。
ソラは、それがとてもうれしかった。

 

  • 07.09.19