ほんの短い時間、リクは何もかもを忘れていた。
海風の含む潮の香りはすぐに体に馴染み、靴の裏が砂浜を踏む音も、当たり前すぎて耳に届かない。
昨日も、一昨日も、それよりも前からここを離れたことなど、リクの中から消え去っていた。
(来てよかった)
と、ごく素直に思う。
必要なもの、不必要なもの、余計なもの、扱いづらいもの。
そういったものを貯めておく場所が、すっかり空っぽになっている。
自分の身に宿している者の存在さえ忘れていた。
まずい、とリクはすぐに我を取り戻し、深く息を吐く。
気道に満ちる潮風に、苦笑が浮かんだ。
島に吹く風はいつから、たった一呼吸分で立ちくらみを起こさせるようになったのだろう。



伸ばし放題にしている髪をさりげなく揺らしている風は、南を向いている。
夜空を風に伴われた雲が流れていた。
明るい間の目にくっきりと映える白さに代わり、穏やかな灰色が重なり合っている。
特に理由もなく、無心で波打ち際を歩いた。
時折波が大きく手を伸ばし足元にいたずらをしかけ、黒いコートの裾に水の染み込ませる。
裾の長い服でここを歩いたことのないリクを、ざあざあと笑い声をあげ身を引いていった。
裾にまだら模様を作ったコートをつまんでいると、突然妙な感覚が沸いた。
あわてて奥歯を食いしばる。
なぜだか、大声で笑いたくて仕方ない。
子供の頃のように、体ごと砂浜に転がり込みたいと体がうずうずしていた。
(少し落ち着け)
ちょっと、興奮しすぎていると自分でも思う。
膝に手を置き体を屈めてかるく俯くと、風のにおいを締め出した。
(成長しないな、俺も)
心のどこかに潜み、今こそと飛び出してきた甘えを苦々しく思う。
すでに島に来たことを後悔し始めていた。
全てが終わるまでは戻らないとの誓いを破った自分を叱りたい。
重い溜息を吐くと顔を上げ、びっくりした。
いつも2人と遊んでいたあの島が、手の届きそうな場所にある。
しばらく息をするのも忘れたリクは、靴にちょんとふれた水音にはっと我に帰る。
また、意識が飛んでいたらしい。
よく見なくても、手が届くわけがないとリクは嘆息した。
本島の桟橋から小島の桟橋までは、小舟を出さなければいけないのだ。

泳いでいくのも悪くないが、遊ぶ前に服が濡れると色々と具合が悪い。
リクの立案で大人達に真面目ぶってそう訴える幼い自分達が、首尾よくそれぞれ丁度いい小舟を手に入れた日のことは、目を閉じればすぐに浮かぶ。

では、その島がどうして、目の前に浮かびあがるように見えたのだろう。
リクは、一つ一つ確かめるように首を巡らせる。
遊び場所の小島から、少し遠くにある桟橋、見上げるほど背の高いココヤムの木を順に認めた。
何もかもが元通りであることをうれしく思いながらも、リクは必死にゆるんだたがを締め直す。
体を反転させ通いなれた道を振りむいたとき、単純な仕組みだったとわかった。
(明るい)
気持ちを落ち着けている間に、夜空はさっぱりと晴れていたようだ。
満月が照らしてくれるおかげで島の奥まで見通せる。
途端に甘えがまたむくむくと頭をもたげるから、リクはますます自分を情けなく思った。
(馬鹿だな。しなければいないことまで忘れたのか)
しかしいくら体が動こうとするのを踏みとどまれても、心はそう簡単にいかない。
でこぼこがどこにあるかまで思いだせる道を、先に立ってすたすたと歩き始めている。
このまま回廊を開き飛び込んでしまえばいい。
わかっているのに、腕は鉛のように重く、持ち上がらなかった。
端正な姿に似合わない溜息をついた唇が、困ったようにほほえんだ。



自分の部屋はもっと罠だらけだった。
きちんと整理された居心地のいい空間を覗き込んでいるだけで気持ちが緩んでしまう。
窓を軽く引いてみると、鍵はしまっていなかった。
(これじゃまるでハートレスだな)
真っ黒な服で忍び込むなんて、影に潜む者と同じではないか。
笑えない冗談を呟いた自分に、リクはやっぱりびっくりした。
(成長しないというより、馬鹿正直なだけか)
それも、悪くないと素直に思える。忍び笑いをしながら、外側から音を立てずに窓を開ける。
優しい感情が作られる場所には、この島の思い出もしまわれていた。
リクが一口で故郷への思いを形にしようとすると、きまって2つの候補が残る。
望郷と贖罪。相容れないはずのものを同居させるのは、見えないところからリクを消耗させた。
どこかで疲弊した心を落ち着けなければならない。それを叶えてくれるのは、やはりこの島だった。
だからこそ誓いを破り、ここを訪れた。後悔はあったが、間違っていなかったとリクは思う。

なぜなら、これからリクは、戦いに行く。会ったこともない少年と対峙し、必ず勝利を収めなければならない。
迷いを抱いたままでいるわけにはいかなかった。
輪郭のはっきりしないソラという少年を思い浮かべると、リクの心は訳もなく焦る。
彼の為にならどんなことでも出来るという確信があった。
だが、ソラという少年がどんな声をしていたかは、ちっとも思い出せないのだ。
考えれば考えるほど、頭の奥にかすみがかかったようになり、思考がまとまらない。
理由はわかっている。だが理屈と実際に感じるものは、けしてリクの中で噛み合わなかった。


胸元の鎖がこすれる鈍い金属音以外を立てず、部屋の中に立つ。
外から確かめた時は、家には誰もいないようだった。両親は今夜も仕事場へ泊っているのだろう。
顔を見たい気持ちを無理に押し込めなくてもいいことにほっとしていると、窓から差し込む月明かりが、思いがけないものを照らし出した。
「カイリ」
心臓が止まりそうなほど、驚いた。今夜だけでも何度か自分に驚いたが、今度はその比ではない。
きちんと整えられた自分のベットに、カイリが寄りかかっていた。
組んだ腕を枕にし、すやすやと眠っている。月光が、閉じられた睫に繊細な影を作っていた。
珍しくうろたえたリクがまずしたことといえば、夜の空気に晒されたままの細い肩にかけてやれるものを探すことだった。
(カイリ)
今度こそ、この場から去らなければならない。
(これで、寄り道は終わりだ)
ほんの短い休息が、単に終わっただけだとリクは静かに自分を諭した。
そうっと、カイリの眠りを妨げないよう、ブランケットをかけてやる。
安らかな寝息に、リクはほっとしていた。
一人ぽっちにさせていることを誰よりも痛感しているリクには、カイリの穏やかな寝顔が奇跡に思われてならない。
人形のように力を失っていた身体が、あたたかく息づいている。
(よかったな、カイリ)
額から、髪の一房がこぼれていた。
ただそれだけのことなのに、ひどく熱いものがリクの胸に込み上げる。
(…カイリ)
心が、ゆるやかに満たされてゆく。
あれほど恐れていた割には、自分でも拍子抜けするほど落ち着いていられた。
想像していたより鼓動は早くならず、格好悪くうずくまってしまうこともない。
カイリがいる。
体を大きな布で包まれたような感覚に、涼やかな目元がほほえんだ。
いたずらっぽい笑顔、遠くを見つめる横顔、ぷうっと頬をふくらませて怒ってみせる顔。
胸の奥の奥で、何人も触れられない場所に、傷付けられることがないよう、大切に守っているカイリが、何度自分を救ってくれただろう。
たまらずリクは顔を背けた。
一度でも顔を見てしまえば、離れるのが辛くなるだけだと、わかっているのに。


「それ、どうしたの?」
ぎくりとリクが体を硬くする。
大きな瞳が、じっとリクを見つめていた。月の白い光にふちどられた瞳の色が、深い。
身動きできずにいるリクがおかしかったのか、顔を上げたカイリは口元に手をあてくすりと笑った。
「ふふ、めずらしい。リクがびっくりしてる」
ぱさりとブランケットがカイリの肩から床へすべりおちる。
立ち上がり手を伸ばしたカイリを避ける間もなく、細い指が目隠しを撫でた。
布地の上から触れるカイリの指が、あたたかい。
やさしい愛撫がリクの四肢から強張りをとき、ほぐしていく。
「私もね、今日はびっくりすることがあったんだ。ティーダが転んじゃって、もう大騒ぎ。
それがね、最初はなんともなかったのに、急に倒れちゃって。びっくりしちゃった。
たんこぶだけで済んだから良かったけどね」
昼間の出来事を思い出したのか、紺碧の瞳がやわらかくほほえんだ。
ふと思い出したように、爪先立ったカイリは手を伸ばしリクの頭を抱えた。
引き寄せる力が驚くほど強い。
身を引こうとするリクを許さず、カイリはますます意固地になって胸に抱え込む。
「カイリ、俺は」
細い指が目隠しの結び目をほどいた。
澄んだ翠の瞳をその目で確かめたカイリが首を傾げる。
「変だなあ。ハロウィンてまだ先だよね?」
おかしいなあとしきりに不思議がっている。
「リクが早とちりなんて、ほんとにめずらしいね。
ふふ、それって、誰かさんみたい。すごく張り切ってるんだけど、失敗、しちゃって…」
その先は言葉にならなかった。語尾が震えかき消えてしまう。
「あれ、私も変かも。ごはん食べすぎちゃったのかな」
ぼさぼさの銀色の髪に頬をくっつけると、カイリは笑いながらつぶやく。
まるでこうすれば安心できるというように、リクの頭をより強く抱きしめた。

リクは応えることができなかった。
カイリの鼓動が直接伝わってくるのに、耳を傾けている。
潮風より、砂を踏む音より、じんじんと耳に響いて、それしか聞こえない。
(カイリ)
夢を見ているのだとリクは気付いた。
カイリは夢を見ている。
自分の部屋に来ては、こうして眠り、夢を見ているのだ。
一体、いつから?
(おまえを、どうしてやればいい)
自分の無力さをこれほど恨んだことはない。教えてやりたくても、教えられないのだ。
同じ苦しみを持っているとわかるのに、どうしてやることもできない。
「いい加減苦しいぞ」
「あ、ごめんごめん」
ちっとも悪びれない様子で謝るとカイリは体を離した。
上から下までリクを眺め、改めて驚いたようだ。
「リク、背が伸びた?」
昨日まではそれほど差がなかったのに、いきなりずるい。
かわいらしくふくれてみせるカイリの頬に、リクは手を添えた。
「カイリこそ、随分縮んだみたいだな」
両腕では余ってしまう細い体を引き寄せる。鼻先に、懐かしい甘い香りが届いた。

吹き荒ぶ嵐と牙を剥こうとする海原を何十日もかけてこえた向こうにある、宝もの。
その宝ものをきつく抱きしめながら、リクは後ろに倒れた。
一緒にベッドに倒れこんだカイリが、驚いて身をすくませる。けれどすぐにリクに体重を預けた。
「やっぱり変かも」
「何がだ?」
「んー、とね。…へへ、うまく言えないや」
照れくさそうに、カイリは舌を出してみせる。
ふっとリクはほほえみ、カイリの頬を自分の方へ引き寄せた。
そうしたいと、思ったのだ。
「ん…」
あたたかな唇にいたわるような口付ける。
ぎこちなく、不器用な口付けだった。
触れるだけで、頭の芯がしびれたみたいにくらくらする。
思う存分唇を貪りたいと、何かがリクの中で突き上げてくる。生まれて初めて感じる抗いがたい欲だった。
カイリの何もかもを、自分のものにしたい。全身で感じたい。
奥歯を噛みしめ、どうにか唇を離す。
カイリだけは傷付けたくないという思いがリクにはあった。
欲と同じ場所から生まれる感情が、リクをためらわせる。
「リク?」
とたんにカイリは瞳をくもらせた。心細さに声が泣いている。
離れようとする唇にカイリは追いすがり、同じように拙い口付けを返した。
(いかないで、どこにもいかないで)
リクの耳には、はっきりと聞こえた。触れ合った唇から、カイリが一生懸命伝えようとしている。
背中を腕を回そうとしたがやはりためらい、手持ちぶさたになってしまう。
行き場を失った指は、カイリの額にこぼれた髪を指でまとめ直してやった。
やさしい仕草におそるおそる開かれた瞳が、リクに返事を求めゆれている。
「バカだな。俺が、カイリを一人にするはずないだろ」
カイリの顔がほころぶ。その屈託のない笑顔が、リクの心に深く染みた。

ぐるりと体をいれかえ、細い肩の上に手を置く。
閉じ込められているのと変わらないのに、カイリの瞳はリクを一心に見上げていた。
幼い頃からこの瞳は変わらない。
カイリが向けてくれるくすぐったいほどの信頼は、いつもリクをうれしくさせるのだ。
息をするのも忘れ唇を重ね合った。荒くなる呼吸に比例し、内側から体が熱くなっていく。
もう止めることはできないとリクにはわかった。
カイリが愛しい。何よりも愛しい。
さらさらした髪の中に指を埋め、隙間をなくそうと頭を引き寄せる。
苦しくないはずないのに、カイリはリクの背に回した腕に力を込めた。
自然な成り行きで唇が割れ、もっと距離を縮めようと舌を絡ませる。カイリは少し目をみはったが、おずおずと舌を差し出し応えてくれた。唇から甘く絡む音がもれる。
たっぷり時間が経ってからようやく唇を離すと、ぽうっと頬を染めたカイリが目を伏せた。
そんなカイリがかわいくて、瞼に口付けを落とし、頬にも唇を寄せる。
「くすぐったいよ」
慣れないこそばゆさにカイリが笑いながら身をよじった。
むっとリクは眉を寄せる。ふざけているつもりなんてちっとも無い。
子供がじゃれあうのと同じように受け止められるのは、面白くなかった。
「じゃあこれは我慢できるか?」
カイリが聞き返す前に、線の細い首筋へ唇をあて、ゆっくりと舌を這わせる。
獣が傷をいやそうとするように、丹念に舐めては唾液で濡らし、唇で鎖骨をなぞってやった。
ぎゅっとしがみついてきたカイリを目だけで見上げると、困りきった瞳とかち合う。
「どうしたんだ?」
わざと口の端を持ち上げたリクに尋ねられ、カイリはますます困ってしまった。
「だってリクが…」
「俺が?」
「もう!」
カイリは赤くなった顔を隠そうと、一回りも二回りも成長した肩に顔を埋める。
目を細めたリクは、つややかな髪をあやすように撫でてやった。

つと手を伸ばし、月の光に白く浮いている二の腕を指でなぞりあげる。
力の抜けた隙を狙い、胸のふくらみに手を伸ばした。
やわらかさを確かめるように手を添えると、カイリはかすかにあえいだ。
初めて聞くカイリの切なげな声に、体中の血が蒸発してしまうのではないかと思った。
慎重に指の力を強めていく。服の上からでも、自分の手の中でやわらかく形を変えているのがわかった。
なぜか堅くなっている頂をつまむと、一際高くカイリが鳴く。
悲鳴にも聞こえるのに、リクは自分を止めることができなかった。
ちょっと嫌悪を覚えるほど、素早くカイリの服を開く。
恥ずかしさにかられリクを止めようとする細い手首はシーツの上に縫い付けた。
「あ…」
肌に直接あたる夜気にか細い声があがる。
うっすらと汗ばんだ白い肌は、世界にはこんなにも美しいものがあるのだと、リクの考えをがらりと変えさせた。
体が勝手に華奢な胸の上に覆いかぶさる。
形よくなだらかな隆起のいちばん上には、淡いひとひらの花が色付いている。
小さくてはかない、手で触れれば壊れてしまいそうな花びらを、やさしく口に含んだ。
カイリが切なげに吐息をもらすほど、リクはもっと声を聞きたくて仕方なくなる。
ひたすらに名前を呼ぶカイリの指に自分の指を絡ませると、強く握りしめた。

あたたかく脈打つ肌も赤いやわらかな髪も、なぞればびくりとふるえる場所も、リクが触れないところはなかった。唇はやさしく、舌はちょっといじわるに、指は宝もののようにカイリを扱う。
カイリが傍にいれば、何もこわくなかった。
(怖い?)
もう何度覚えたかわからない驚きだった。
自分の中から生まれる感情を、突き詰めていけば、つまりそういうことだ。
リクはおそれている。
自分に何ができるのか。
…本当は、何もできないのではないか。
そう思うことがこわくてたまらなかった。自分のちっぽけさに、一歩も動けなってしまうのだ。
「リク?」
大きな瞳をぱちぱちさせてカイリが見上げている。どうやらぼうっとしていたらしい。
安心させるように口元を持ち上げるが、カイリは納得していないようだった。
コートの前をおぼつかない手つきで細い指が開いていく。
リクの体温を確かめるようにあたたかい指が触れる。
前髪に隠れがちな深い翠の瞳が、ちゃんと自分を見てくれているか、確かめている。
甘える瞳を自分の中に閉じ込めたくて、リクはもう一度深く口付けた。
唇を合わせ直接吐息を感じていると、時間が止まったように錯覚しそうだった。
まるでこの世界には、自分とカイリしか存在しないかのように。
「リク、リク…」
心許なげ声はリクだけを求め、リクだけを感じていた。
「カイリ」
髪を梳きながらリクが呼んでやれば、紺碧の瞳はうっとりと細められる。
(俺達は同じだ)
カイリも、取り残された世界にいる。
月明かりだけが照らす、白い夜の世界に、ぽつりと取り残されていた。
けれど、今は何もこわくない。カイリが傍にいれば、こわいことは一つもなかった。

ゆっくりと、体を重ねる。
「…っ」
痛みにうめくカイリを気遣い、リクは体を離そうとした。
細い腕がリクの体にすがりつく。
もし離れてしまえば、二度とリクに会えないような気がしたのだ。
痛みなんか感じない。リクと一つになれた喜びと、深い安堵が、カイリの中をいっぱいに満たしてくれる。
「もう、こわくないよ…」
だってリクは、ここにいた。この喜びも、かすかな痛みも、物欲しげな瞳も、全部カイリのものだった。
「カイリっ…」
一人ではないことを伝えようと、リクは自分の持つものすべてをカイリに与えた。
ゆるゆると溶けて混ざり合った心がぴったりと寄り添う。
きつく抱きしめたカイリの体があたたかくて、目の奥がひどく熱かった。
宝ものを取り戻したい。
自分と、カイリと、眠り続ける少年の為に。

体の奥にあふれる力は、生きる為にあるのだと、リクは思った。
(来て、よかった)
カイリが、光をくれたのだ。




朝焼けの色が窓から差し込んでいる。まぶしさに瞼を揺らし、カイリは目を開けた。
ぱさりと、ブランケットが肩から床へすべりおちる。
「リク?」
あわてて瞳を巡らせるが、整頓された部屋に人影はない。
留守を預かり、そのまま眠ってしまったらしい。
(リク)
カイリの心がさみしくなれば、リクは必ず、傍に来てくれる。
そしてカイリは、夢を見る。やさしくて甘い、ただただ目覚めたくないと願う夢を。
(…リク)
でも、今朝はどこか違う。目覚めた後も、しあわせな思いが体を包み込んでいる。
くしゃくしゃになったブランケットを手に取り、きれいにたたむ。
それを胸に抱きしめたまま、カイリは窓を開けた。
朝の光にきらきらと輝く海に浮かぶ小島が、すぐ目の前に見えた。

 

  • 08.08.14