◆1
「ん、うーん、まぶしい…でも、あと、5分…ってあれ、ここどこ!?」
「やっと起きたのか。よくこの状況で寝てられるな、むしろその胆力に感心するぜ」
「雪代縁…!? どうしてあなたが…って考えるまでもないわね。あなたね、誘拐って重罪なのよ、そこんとこわかってる?」
「先に言っておくが刑法225条の2、1項2項の身代金目的略取等にはあてはまらない。せいぜいが青少年健全育成条例違反だな」
「くっ、陰湿でへそまがりのくせに意外と調べてあるわね」
「昼過ぎまでのうのうと寝てる女に言われる筋合いはないな」
「やだもうお昼なの!? どおりでお腹が空いてるはずよね。でも誘拐は拘束された上に密室に閉じ込められるのが相場だもの。うん、こうなったら我慢比べよ、先に音を上げてたまるもんですか!」
「一人で盛り上がるのは勝手だが拘束もしないし屋敷にあるものは勝手に使って構わない。入りたければ俺の部屋も鍵は空いてるから好きにしろ。だが…」
「だがだが?」
「地下室にだけは入るなよ」
「むっ、よくある興味を引くだけ引いて実は…ってやつね! ふふん、おあいにくさまだけど私もそういうのに引っかかる年頃じゃないの、見え透いた罠にみすみす引っかかると思ってるなら大間違いよっ」
「別に罠でもなんでもない。ただ入るなと言っただけだ。以上、注意事項は全て伝えたぞ。あとは自己責任だ」
「絶妙に古いの持ち出してきたわね…って、行っちゃった。ほんとに自由にしてていいってことかしら。身構えて損しちゃったわ。…となると、入ってはいけない秘密の地下室が気になるわよね。なら入らないでちょっと覗くだけなら…ああ、これって!?」
「バカだろうお前、ついさっき忠告してやったのに秒でまんまと引っかかるなよ」
「だってこんなの卑怯よ! 次回予告はこの中…なんて熨斗をつけた箱を置いておくなんて気になるじゃない! えっと、次回、第六十九話はユメノオワリをお送りします。あらまだ下になにかあるわね。わあ、お菓子だわ!」
「月餅の一つあたり630kcal。よかったな、まるまる太った豚のできあがりだ」
「うう、やっぱり罠だったのね…乙女の耳には痛すぎる言葉…でもすっごくおいしそう…」

 

◆2
「けんしーん! やひこー! さのすけー! めぐみさーん! たえさーん! つばめ…」
「唐突に海に向かって叫ぶなよでかい声で下品な奴だな」
「出たわね雪代縁! はあ、べつに呼んでないのにな。ちなみにただいま暮れ六ツ、現代だと夕方の六時頃をお知らせします。東京が江戸だったころは日の入りと日の出を六等分して刻をはかっていたの。これ豆ね」
「なんで言い直した。いまだに時間の数え方が一昔前のままだと気遣ってくれたのか? はっ、価値観のデフォルト化もできなきゃコアコンピタンスとなる技術は磨かれないしクライアントとクロージングするなら綿密なアジェンダが必要になるんだ。そこらの棒剣術道場よりよっぽどコンプライアンスはしっかりしてる」
「ふうん。じゃあ私の誘拐はさぞかししっかりしたPDCAをチームで組んだわけね」
「それは一人でフィックスした」
「あんな大勢で道場を襲撃しておいてまさかの仲間じゃなかったなんて…逆にぼっちでかわいそう…。あ、私は違うわよ。こうして夕陽を見てたらいろんな人の顔が浮かんできちゃって、つい呼んでみたくなっちゃったのよ。ほら、夕陽を見てるとなんだか切ない気持ちになるじゃない?」
「はいはいわかるわかる。犬もつられて鳴き出す近所迷惑なあれだろ」
「あら、ご近所さんなんてこんな島のどこにいるのよ。誰にも迷惑なんてかけてないわ」
「少なくとも俺にとっては迷惑極まりない。お前が叫ぶのを聞いていたら不味い飯がますます不味くなった」
「私だってこれっぽっちも用意したご飯に感謝してほしいわけではないけど、すっごく腹が立つ言い方をされたからご期待に応えて続けるわね。次回はー七十五話ー三日経過をお送りしますー! ふう、なんといわれようとも、大声出すとすっきりするわね。これもディトクスィフィケイションのひとつに数えてもいいんじゃないかしら」
「おいふざけるなよ、いちいち聞かされる身にもなってみろ。お前の健康状態なんて知ったこっちゃないが、お前の思い込みでそんなエビデンスは絶対にない。わーわー喚くのを日課にする口実にはさせないからな」
「はいはいはいはい、わかりましたー。…もう、ボスとか呼ばれてるくせに案外口うるさいんだから」
「お前、わざと言ってるだろ。お前の声はやたらにやかましいから全部聞こえてるぞ」
「おまけに地獄耳なんだから」

 

◆3
「ふう…あ、もう本番入ってる? えっと、次回は「黒い装束の二人」をお送りします」
「どうした、いつもウザ絡みしてくるくせに急に辛気くさいな」
「あのねえ、私だっていつでも元気ハツラツ笑顔がすてきなちまたで評判の剣術小町ちゃんなわけじゃないの。ちょっとくらい気持ちが落ち込むことくらいあるわ」
「気分が優れないとかいう割に自己主張は強いな」
「こういうときは思いっきり稽古して体を動かすのがいちばんなんだけど、こんな格好だし竹刀もないし、かといって家中掃除しちゃったからもう磨くところもないし。はあ、やることがなんにもないのがこんなに辛いとは思わなかったわ」
「つまりお前は待遇改善を要求してるわけか。暇を持て余してるからなんとかしろと」
「うっそ、なんとかしてくれるつもりなの? あなたが?」
「ああ、俺も退屈だからな」
「あ、それ自分で言っちゃうんだ」
「歌留多、トランプ、碁、将棋、チェス、ボドゲ、Switch、PS5、Oculus Quest2。お前に選ばせてやる、どれがいい」
「ちょっと待って後半はそもそも必要機材が存在するの?」
「当然あるに決まってるだろ。お前みたいな世間知らずは知らないだろうが直接取引はもちろん裏からもあらゆるものを調達できなきゃ上海武器マフィアは名乗れないんだ。お望みなら他にも用意してやるが」
「おかしいわね、想像してた東洋の魔都とかなり違う気が…。でもせっかくだけどごめんなさい、遠慮するわ。いまは遊んでいる場合じゃないもの。これでも一応誘拐されてる身なわけだし。あ、べつにあなたと向き合って遊ぶのはなんとなく抵抗があるからっていう建前じゃないのよ?」
「運動がしたいならフィットボクシング2にするか」
「ベルナルドさんがいい! うっ、どうして私その人のこと知ってるの…? いや、やめて、頭から声が聞こえる…」
「昔の記憶が蘇ったって顔だな。良い機会だからよく思い出してみろよ。迂闊にも板壁一枚向こうで見張られているのにも気付かずふらふら出歩きまんまととっ捕まって縛り上げられたバカな小娘がいたってな」
「ああ…そう、そうだわ、思い出した…あの頃は父さんもいて、私と弥彦と恵さんは姉弟で…みんなでしあわせに暮らしていて…ふふ、私ったら今もちっともいいお姉ちゃんじゃないわね……」
「おい待て戻りすぎだどこまで遡ってる」

 

◆4
「暑い暑いあつーい! 今年の夏はいつになく長いわね。こう蒸し暑いと夜も寝苦しくてやになっちゃうわ。というわけで、涼しくなることをしましょう。やっぱり定番の怪談話がいいと思うの。じゃあ私からね」
「俺を数に入れるなよ。いつもながら突拍子もない女だな」
「いいから観念して付き合いなさいよ。あなたしかいないんだし、一人でやっても面白くないんだもの。えっとね、あるところにとても魚が釣れるお堀がありました。けれどそこで魚を釣ると、どこからともなく『おいてけー、おいてけー』と声が聞こえるのです。その声は魚を全部返すまでずっと聞こえ続けるの。その噂を聞きつけた釣り好きの若者がいました。さっそく出掛けると、鮒が食べきれないくらい釣れて、つい夢中になっているうちに、あたりは暗くなり、冷たい風が首筋を撫で、例の『おいてけー』という不気味な声が聞こえてきます。せっかく釣った魚を逃がしたくなかった若者は、急いで帰ろうとしました。が、なにかが足に引っかかり、何度も転んでしまうのです。さすがに怖くなった若者は、釣り竿も魚籠も放り出して這々の体で逃げ出しました。ようやく長屋まで帰り、足首を見てみると、そこには…異様に指が長い手形がくっきりと残っていたの……」
「7点」
「一応確認するけど、もちろん10点満点中よね?」
「100点採点でに決まってるだろ」
「なによそれ! ちょっとくらいはぞくっとしたでしょ?」
「まったくしなかった。おいてけと聞こえるから『置いてけ堀』とかいうんだろ? 安直すぎる。だいたい魚を釣りたいなら他の釣り場に行けばいいだけで、わざわざ曰く付きの場所に出掛けるのは度胸試しにしてもまともな分別があるとは思えないな。典型的な真っ先に自滅する奴に同情できるか。釣り好きとかいう割に水難事故の怖さをしらないのも現実味がなさすぎる。で、妙な手形がついてたというのはどうやって証明する? 証拠の写真でも残ってるのか? 転んで出来たすり傷か芦で引っ掻いた傷だろ。以上を踏まえて、よくて4点だな」
「ちょっと、どうしてさっきより下がるのよ! もう、怪談話なんだから理屈をつけてたら面白くないじゃない。あ、そうそう、次回は弥彦の戦いをお送りします。応援しかできないけど、がんばって、弥彦!」
「さて、今度は俺の番だな。ある料理屋では常連しか頼めない一品があった。知人を伴ってやってきた常連は珍しがらせようとその品を頼んだ。すると店主は時間がかかるといって渋る様子をみせた。それでも構わないと常連客が熱心に頼むと、店主は無言で裏に下がり……」
「やだやだ待って待ってちょっとたんま!」
「なんだ、食い意地が張ってるお前のために食い物の話をしてやろうってのに、もう音を上げるのか」
「だってすごく嫌な予感がするのよ。あなた真顔で話すからなんか怖いし」
「うるさいな、顔は生まれつきだ。与太話より実話のほうがよっぽど涼しくなれるだろ」
「なにそれ怪談でもないじゃない! 暑いから気分だけでも涼しくなろうっていうのに、ぜんぜん主旨が変わっちゃうじゃないの。ほんっと情緒がないんだから。…ちなみにどれくらい怖いお話なの?」
「89点。同行した知人とは二度と連絡を取れなかったそうだ」
「…………うん、ごめんなさい、よくわかったから。もういいです」
「珍味といえば珍味だが、味は癖がなくて不味くはなかったらしい」
「いやー聞きたくないー! ばかばかこのひとでなしー!」

 

◆5
「ぱぱらぱーぱっぱてれれれってってってー! 朝ごはんのお時間でーす。今日は炊きたてごはんと茗荷のお味噌汁、あじの干物を焼いたのと、きゅうりの浅漬けにしてみました」
「まったく、朝からやかましいな。毎回不味い飯しか作れないくせにその自信はどこから来るんだ」
「文句はいいから、ちゃんと食べる。朝は一日の始まりなんだからしっかり食べないと元気が出ないのよ。あなたってほっとくとお酒だけで済ますんだもの。そんなの体にいいはずないわ。ほらほら、早く食べてみて」
「…………。まあ、普通だな」
「今のもういっかい、さ、もっと大きな声で」
「普通だ。べつに上手くも不味くもない」
「そう、普通にできたの! ごはんは柔らかすぎず固すぎず、茗荷もちょっとだけど食感が残ってるし、干物もぎりぎり焦げなかったし、きゅうりもちょっと塩辛いけどごはんのお供なら問題ないし!」
「自己評価が低いのか高いのかどっちなんだお前」
「自分でもびっくりしたんだから。こんなに大きな失敗しなかったの何年ぶりかしら。すっごくがんばった甲斐があったわ。私、今日のこと絶対に一生忘れない」
「どこまでも大袈裟な奴だな。ただ普通だっただけだろうが」
「というわけで、普通にできた記念にご褒美をもらってもいいと思うの」
「自己申告で頑張ったという割に俗な発言だな。まあいい、何が欲しいんだ。赤珊瑚の髪飾りか、埃及(エジプト)綿の刺繍糸か、ああお前のことだからアイスキャンディーあたりか」
「あら、人を強欲の塊みたいに言わないでほしいわね。ものが欲しいんじゃなくて、あなたのその黒眼鏡、少しでいいから貸してもらえないかなって」
「借りてどうする」
「どうって、どんなふうに見えるのか単純に興味があるだけよ」
「構わないが落として壊すなよ」
「わっと、もう、投げることないでしょ! へええ、けっこう普通に見えるのね。むしろ普段よりはっきりくっきりって感じだわ。あ、太陽もまぶしくない。ふむふむあっちが東京でこっちが駿河で…残念だけどやっぱり遠いわね…あっ、あそこになにか浮かんでる!」
「待て、なにが見えるって?」
「うーんと、来週は、その時一陣の風をお送りします、お見逃しなく!って。YouTubeへ誘導までしてくれるんだ。かゆいところに手が届くのねこの黒眼鏡。あなたがずっとつけてる理由がやっとわかったわ」
「返せ、そんな機能は一切ついてないはずだ」
「なんだかもったいないわね。スマートグラスもプライバシーの問題を解決できればもっと普及するはずなのに」
「いつの話をしてるんだ、Googleはとっくに開発中止してるだろ。だいたいお前一体何が見えたんだ? 俺には何も見えないぞ」
「さあ? 心がきれいな人だけに見える重要情報じゃない?」
「こいつ、よくもヌケヌケと言えるな…」

 

◆6
「お前、好きな色はあるか」
「なんとなくわかってきたけど、あなたも突然変なこと言い出すわよね。コミュニケーションの第一歩はまず対話からよ。いきなり聞かれたら相手だってびっくりすると思うわ」
「いいから答えろ。答えないならこっちで勝手に決めるぞ」
「人の話はちゃんと聞く! 質問の意図が分からないのにどう答えるかは決められないわ」
「…次回の『上陸』放送時に着る衣装の色だ。最終回近くまで着ることになるんだからお前に選ばせてやる」
「あ、すごく重要な質問だった。たしかにそれは大事よね。ごめんなさい、ちゃんと答えなきゃ失礼だったわ。うーん、桜柄と桜色も好きだし、菜の花の黄色は気分が明るくなるし、七夕の笹色も落ち着いて見えるし、重陽に合わせた白菊もいいわよね。定番の淡い七宝文もお気に入りのひとつなの。派手すぎるのはあんまり好きじゃないかな。って、どうしてメモしてるの?」
「全部用意しておけば文句はないだろ」
「や、それってすごい無駄遣いじゃない。武器マフィアのボスだからって極端すぎるってば。体はひとつしかないのよ、十二単じゃないんだから」
「お前こそ何一つわかってないな。注文主の要望に応えるだけの用意じゃその程度だと判断される。どれだけ希少性を出せるかが商売の極意だ。右から左にブツを流すだけなら凡人でもできる。一手二手先を読んで手堅い信用を得てからが勝負だ。相手の内情はどこよりも把握しておく。但しそれが黒でも白でも余計な詮索はしない。有利な情報を使うにしても最後の最後だ。敵対するのは結果的に損が多いからな。金を使って解決できるならそれに越したことはない」
「わあ、聞いてるだけでも武器マフィアのボスって苦労が多そう…あなたも大変だったのね…」
「別に。気に入らなければ全武力総動員で潰すだけだからな」
「ほらいきなり物騒なこと言い出す! もっと気楽にいきましょ。愚痴くらいならいくらでも聞いてあげるから」
「今日も飯が不味かった」
「それはただの感想でしょ!」
「うるさいのを相手にするのが疲れる」
「わるかったわね、うるさくて!」
「…まあ、お前みたいに単純だと気楽ではあるな」

 

◆7
「あのね、縁。私、あなたに言わなきゃいけないことがあったの。もう伝える時間がないから、どうしても聞いてほしいんだけど」
「それは奇遇だな、俺もお前には言いたいことが山ほどある。まず人の部屋に入るときはノックくらいしろ、礼儀がなってないな。ついでに見ればわかるだろうがこっちは準備があって時間がない。却下だ」
「もう、そういうときはひとこと忙しいって言えばいいの! 嫌味百倍で返してこられたら、今期の理解のある彼女ちゃんNo.1候補の私だってむかっとするわよ」
「怖い物知らずで鬱陶しい女の間違いだろ」
「いいわ、言い合いしても不毛なだけだものね。先にあなたの用事を片付けましょう。さっきからこっちに背中向けたままでなにを書き留めているの?」
「お前には関係ない。と言ったところで食い下がられるのも面倒だから教えてやるが、今回使った特注兵器の費用対効果と汎用兵器への転化案をまとめている」
「え、でも、あなたもう武器マフィアのボスはやめるって…」
「辞めるさ。この雑事で最後だと思えば清々する」
「ならもう仕事しなくてもいいんじゃないの?」
「引き継ぎもしない無能だったと言われるのが我慢ならないだけだ」
「だと思った。武器を流す組織には賛同はできないけど、けっこう真面目よね、あなたも。そういうとこ、ちょっとだけ尊敬できちゃうのがなんか負けた気分で悔しいな」
「つまり一刻以内に終わらせる必要があって話を聞いてる暇などない。お前こそ支度は終わったのか」
「あ、うん、おかげさまで。次回の龍虎再見にはお披露目できるわ。いよいよ山場ね、私も緊張してきちゃった。最後までどうぞお付き合い下さい」
「…それが言いたいことか」
「違うってば、これは業務連絡みたいなものだし。えっとね、幽閉されるのはくらーい地下のねずみが走り回ってる牢屋で、ごはんは一日一回うっすいお粥とお水だけ、冷たい土の上で茣蓙で寝るのが相場だけど」
「なるほど、俺がそうすると思っていたと最後に貶しにきたわけか」
「自炊だけど三食昼寝付きで、ある程度なら自由行動も許可されてるし、日当たりの良い部屋にしてくれたのは感謝してるわ」
「…誘拐した相手に礼を言うなんて相変わらず妙な女だな」
「そうね、自分でも変だってわかってるわよ。あなたは私に構ってる余裕なんてなかったんでしょうけど、おかげで健康そのものでいられたわ。だから、ありがとう。ふう、すっきりした。きっと伝える時間なんてないだろうから、今のうちに言っておかなきゃって」
「それで、下らない話は終わりか? これ以上邪魔するなら相場とやらの地下牢を用意してやるが」
「ええ、受けて立つわよ。食レポならぬ、鬼気迫る実録忖度無しの牢屋レポ、一世を風靡するベストセラーになっちゃうかもね。わーどうしよう、神谷活心流師範代兼記者の二足のわらじなんて大変そう!」
「印税の一割はもらうからな」
「ちぇ、ケチ。そういうとこはさすが商売人よね」

 

◆8
「そもそも地下牢なんて発想どこから出てきた。やけに生々しい具体例だったが、獄舎や座敷牢ならともかくこっちじゃ一般的じゃないだろ」
「ん、前に読んだことがあって。『逆引き!相手の本音を引き出すには 古今東西万国編』では、西欧で使われる地下牢は相手の時間感覚を奪い、かつ、劣悪な環境で衰弱させるのが目的で、そんな状況に置かれてしまった人はあることないことペラペラ喋ってしまうんですって。あんまり残酷過ぎて私もさすがにドン引いちゃったわ」
「俺はお前の読書経歴にドン引いたぞ」
「ほかにも簡単な試練を与えて、その度にごほうびをあげると、いつの間にか癖になっちゃって、時間をかければ言いなりにすることも可能だとか。人を意のままに操ろうなんて、なんか怖くなっちゃって…」
「逆に聞くがお前はどういう意図があってそんな本を読んだんだ」
「お年頃の剣術小町ちゃんにもいろいろ事情があるんですー。深く追求されるのは困るんですー。いわゆる女の子の秘密ってやつね」
「面倒を通り越して全く興味がないから話を戻すが、この邸にも牢に準じた設備はある。お前は呑気に礼なんか言ってたがせいぜい身辺には気を付けるんだな」
「わかってるってば。ふふっ」
「おいなんで笑った」
「次回予告でネタバレなんて普通になっちゃってるから、わざわざ警告してくれるんだなーって思ったら、なんかおかしくって。あれってやっぱり夜中に鍵をかけたの?寝不足してない?」
「警察の蒸気艦船が来るという報告があったからな。お前みたいに寝こけてるわけにはいかないから早朝から備えていた。そのついでだ」
「あいかわらず失礼ね、人をねぼすけみたいに。そりゃあちょっとだけ慣れたけど、敵のあなたと二人きりなんだからこれでも気を張ってるのよ。寝過ごしちゃったのだってたった三回くらいだし」
「『たった』の三回じゃなくて四回だろ」
「もう、数えてるのが陰湿!ところで備えるってなんのこと?あなたこの島は天然の要塞だっていってたじゃない、まさか大砲とかで迎撃する気じゃ…」
「決着は俺自身がつける。今更つまらない真似をしても盛り上がりに欠けるだろうが」
「そう、そっか…」
「それからここから入り江に下りるまで徒歩20分かかる。お前がついてこれなかったら容赦なく置いていくから準備は怠るなよ」
「最後の最後にいやなネタばらしすんなー!」

 

◆9
「改めて振り返ればいろいろあったわね。あなたの分のご飯はあくまでもついでに作っただけなのに、すごい剣幕で文句を言われたときは驚いちゃったわ」
「こっちが異常みたいに言うな。三食同じ飯を三日続けて出されれば誰でもうんざりするだろうが」
「だから、それはちゃんと謝ったじゃない。私だってさすがに飽きてたけど、献立を考えるのってけっこう大変なのよ? それに私、あんまり手が掛かるおかずは作れないし…」
「お前にかぎっては手間を掛けるほど不味くなるから賢明な判断だが、不自由しない程度に食材は揃っていただろうが。ご丁寧に味噌汁の実まで同じにしやがって」
「もう、しつっこいなあ。ええそうね、どうせ私が作るごはんは半分も食べられないほどおいしくないわよ。…ほんっとボスとか呼ばれてるくせに器が小さいんだから」
「飯くらいで人の度量を図ろうとするお前こそ視野が狭いんじゃないか。ああ、だからか。チェスでただの一度も俺に勝てなかったのも頷けるな」
「そっちこそ大人げないだけじゃない。こっちは初心者なのよ、ちょっとくらい手心があってもよかったと思うわ。はあ、不覚だわ、7敗0勝だなんて。こてんぱんに出来てさぞかし気分がよかったでしょうね?」
「退屈だと言い出したのはお前だぞ。持ち時間もたっぷりくれてやっただろ。いちいちゲームが終わるまで付き合わされたこっちの身になってみろ。まあ確かに定石すぎる動きで次の手が読みやすかったがな」
「あなた、そういうとこが、とことん性格悪いってよく言われない?」
「お前、さっきからなんなんだ。いつも以上に鬱陶しく絡んでくるのはわざとか?」
「あら、ばれちゃった? 西洋浴衣は代えもあったから、洗濯すれば、着替えには困らなかったけど、あの格好のまま東京、に帰るのは、どうかと思ってたから、着物を用、意してくれて、ほんとーに、ありがたーく、思ってるのよ」
「だったら黙ってついてこい」
「黙ってたらどんどん先に行っちゃうから一生懸命しゃべってるの! 足元がでこぼこしてるから下駄だとすごく歩きにくいのよ。あんなに立派なお屋敷があるなら、道も整えてほしかったわ。う、いったぁ、また石踏んじゃった」
「そうか、頑張れよ。まだ半分も進んでないぞ」
「って、納得すんなー! あ、待って、ちょっと待ってよ、置いてかないでってば!」
「ほんとうに五月蠅い女だな。おぶってやれば満足か」
「え、やだ、絶対やだ」
「……」
「わーやだやだやだーばかー! 人を荷物みたいにー!」

  • 23.09.07