「なあ、オレ達のギルド、妙な勘違いでもされてるんじゃねえの?」
 もちろん、船長の裁量を批判するつもりはさらさらない。
 ただ、ここまでくると、どうもお門違いではないかとリッドは思ってしまうのだ。
 魔物を相手にしたり、危険で簡単に踏み込むことのできない場所へ赴くのなら、まだわかる。だが、人手が足りないので手伝ってほしいと持ち込まれても、正直なところ手に余る。
 人差指と親指にもちあげられた依頼書の向こうに、チャットの大きな帽子の形がうっすらと見える。溜息をついたのか、影が大きく動いた。きまりが悪そうにチャットが咳ばらいをする。
「それについてはボクも同感なのですが…その、緊急を要するとのことでしたので」
 ファラは明るく笑った。
「いいじゃない、引き受けてあげようよ。だって急ぎなんでしょ?」
 依頼書に手を伸ばそうとするファラに、 リッドはまゆをひそめながら腕を高くあげた。
「あのなあ、オレ達は便利屋じゃねえんだぞ、わかってんのか?」
「ちゃんとわかってるって、世の為人の為に活動するギルドでしょ」
 リッドの肩につかまって爪先立ちながら、ギルドの発起人であるファラがきっぱりうなずく。ますます唇をへの字に曲げるリッドと反比例して、チャットはうれしそうに瞳をかがやかせた。
「そう、その通りです、ファラさん」
 大きな舵にいとおしそうに触れたチャットは小さなこぶしをにぎりしめる。
「義賊であるご先祖様は、ささいなことで差別などしません。だったらボクも、その志を継いでゆきたいんです。頼ってきた人を見捨てるなんて、アイフリードがするでしょうか。ボクにはけしてそうは思えません。ですから、ですから…」
 力強く語るチャットの唇が、中途半端に言葉を途切れさせる。
「いいから、それ見せてよ」
「ばか、こんなん一度でも引き受けてみろ、嫌ってくらい次から次へと来るんだぞ」
 リッドが取られまいとすれば、ファラはますます腕を伸ばそうとし不安定な姿勢になる。それを支えるために、リッドの空いた方の手はファラの肩にそえられていた。半ばもたれあいながら依頼書を取り合っている二人は、ちっとも話に耳を傾けていない。ごほん、とチャットが大きく咳ばらいをすると、ようやく気付いたのか、リッドはすこしあわてながら、きょとんとしているファラの肩をかるく押して体を離した。
「ですから、できればお願いしたいのですが」
 と言いつつも、ファラなら放っておかないことはわかっているのだろう。むしろ、ファラがよろこんで引き受けることを見越している気がしてならない。
「すきありっ」
 呆れている隙に依頼書をうばいとられたリッドは、思わず天をあおいだ。
「昼間はお手伝いで、夜は用心棒か。うん、どっちもやれそう。イケるイケる!」
(やっぱなあ…)
 うらみがましい視線を向けると、チャットは素知らぬふりで目をそらす。リッドはなんだか孤立無援の気分だった。
「ほら、うでっぷしに自信のある人を求む、だって。わたしならちょうどいいんじゃない?」
「自分で言うか? 普通」
 そう言いながら、気をつけなければリッドは口元がゆるんでしまいそうだった。すっかり乗り気のファラはこちらが拍子抜けしてしまうほどいつも通りで、訳もなくこそばゆい感覚になる。体の内側も明るくしてくれるようなファラの笑顔が、以前よりもずっとずっと大切に思えるからだ。あんまりそばにありすぎて、気が付くのがずいぶん遅くなってしまった。
 が、それとこれとは話が違う。
 肩をすくめると、リッドは気持ちを引き締めた。
「んな調子で何でもほいほい引き受けてみろ。知らねえうちにあくどいことに利用されたらどうすんだ?」
「ありえません。少なくとも、ボクがキャプテンのこの船では」
 横やりを、リッドはきれいに無視した。とにかくファラに言い聞かせるほうが先決だ。
「それだけじゃねえぞ。んな面倒ごとばっか押し付けられるようになってみろ、迷惑するのはオレ達だけじゃねえんだ」
 言い聞かせながら、リッドは妙な気分だった。仕事の話、仕事の話だと胸の中で繰り返し自分に言い聞かせる。
「でも、もう決めたんだ。この依頼は引き受けるからね」
「だからなあ」
 街に降りる支度を始めたファラの腕をつかまえる。ファラは、もどかしそうにリッドを見上げた。
「もう、わかんないかなあ」
「なにがだよ?」
「リッドが心配するのも、よくわかるよ。けどわざわざ依頼してくれたってことは、身近な人には相談できなかったのかもしれないじゃない? だったら、わたし達は何も聞かずに引き受けようよ」
 リッドは思わず言葉を失った。
 自分とまったく正反対にとらえているファラに面食らったのもある。まったく知らぬ他人の事情などリッドには、考えも及ばなかったのだ。 自分が薄情だったようで、なんとなくばつが悪い。
「ね?」
 ファラの信じきった瞳をまっすぐ見ていられない。
 そもそも、ファラが一度決めたら、自分の言葉くらいでは考えを変えてくれないのはよく知っている。こうなってしまったら、あとはお決まりの流れだ。
「ったく、しゃあねえなあ」
 ファラから手を離したリッドは、もう眉をしかめてはいなかった。
「よーし、決まり! それじゃあチャット、行ってくるね」
「アイアイサー! それではよろしくお願いします、ファラさん、リッドさん」
 ファラは笑いながら首を振る。
「行くのはわたしと、そうだなあ、セネルにお願いするつもり」
「え、なぜです!?」
 ぎょっとしたチャットは反射的にリッドをうかがった。リッドはいかにも不機嫌そうに、ほほをひきつらせている。
「だって、ここに書いてあるよ。お店だから武器の持ち込みはだめなんだって」
 あ、ほんとうだ、とチャットも遅まきながら気付いた。
 依頼書を持ちながら呆然としているうちに、ファラは支度を整え、いってしまう。
 リッドはだまって、それを見送った。
「あの……すみませんでした。ボク、うっかり見落としていて」
 心底申し訳なさそうに見上げてくるチャットに、リッドは首を振った。
「気にすんなよ。あいつもやる気になってることだしな」
 柄の違う仕事でファラの気持ちをほぐそうとしてくれるチャットの思いやりを、リッドは素直に受けとめていた。
 アイフリードから継いだという帽子の上に手を置いてやると、チャットは少し不服そうに頬をふくらませる。
 ファラと自分にはおせっかいをするくせに、こういうところはまだまだ子供らしさが残っていた。余計な世話を焼かれたことを怒る気も、とうに失せている。
 だが、一人で何もかも決めてしまうファラに対し、どうしても居心地の悪い腹立たしさを感じずにいられない。やや憮然としながら携えた剣を外すと、体がやけに軽かった。
「引き受けるのはオレでいい。あいつの後始末を他のやつに任せられねえからな」



 そもそもお門違いなのは自分達のほうだと、リッドはしみじみ感じていた。
「おーいこっちだこっち!」
「いつものを頼むよ」
 皇国にほど近い町は交通の要衝らしいにぎやかさを持っていた。自分達の村に比べると、祭りかと思うほどだ。依頼主である店主が大通りで一番の店だと自慢するだけあって、昼時は目が回るほど忙しい。慣れない客商売に、リッドはいつもの何倍も体力を使っていた。
 リッドが見た限り、客のほとんどは男で、荷を運ぶことで利益を得る仕事についている者が多いようだった。
 育ちの良さそうな商人風の男から、豪快でいかにも懐の広そうな男と様々だ。
 それも、ゆっくりと眺めてはいられない。次々と入る注文に合わせてリッドは肉や野菜を切り分けていく。幼い頃から父親に仕込まれただけあって、リッドの手つきには無駄がない。きれいに切り分けられた骨と肉を見て、店主は賞賛の口笛を吹いた。
「いい腕してるねえあんた。これからもウチで働かないかね?」
「いや、わりいけどオレ猟師なんだ。田舎に家もあるし」
 一介の猟師である自分が世界を救ったギルドの一員だと、リッドはいまだに信じられない部分がある。
 ファラが始めたからこそ、リッドはここにいるのだ。そうでなければ今も村で猟師のままだったとはっきりわかる。こういう仕事とも、一生無縁だったに違いない。
「そうかい、残念だ。あの子もよく働いてくれるし、うちの看板娘にと思ったんだがねえ」
 リッドは思わず赤面した。どうやら依頼を受けてやってきた自分とファラは、あらぬ勘違いを受けているらしい。
 けれどあえて訂正する気もなかった。そう思っているなら思わせておけばいい。むきになるのは子供っぽい気がした。
 顔を上げると、リッドの目はすぐに、てきぱきと忙しく立ち回るファラの姿を見つけた。
「はい、おまちどおさま。あったかいうちにどうぞ!」
 生き生きとした表情に、リッドはなぜだか息が苦しくなるような気がして、まっすぐ見ていられなかった。飽きるほど見慣れているのに、この感覚はどこからくるのだろう。
 不本意ながら、心当たりはある。
 新顔のめずらしさもあってか、客の一部からいやに熱っぽい視線がファラに向けられているからだ。それがますますリッドの気を滅入らせた。黙々と切り分ける作業に没頭しようとする。が、目はまたすぐにファラを探している。胸に悪い予感がわいていた。
 こんなときは、必ず何かが起こると決まっている。客といさかいを起こすか、もっと厄介な事態になるのか。
 しばらく身構えていたリッドが、はたと視線を止める。
 この日一番不機嫌な顔で、出来上がったばかりの料理の皿を手に持った。ごったがえす店内を器用にすり抜けてつかつかと歩み寄り、客の一人と明るく受け答えをしているファラの前に体をすべりこませると、料理をテーブルに音を立てて並べる。ファラは、害の無さそうな客のほうへ押しやった。
「ほんっとすみません、オレ達今日がこの仕事初めてなもんで」
 ようやくファラの名前を聞き出した気弱そうな青年は、にこやかな笑顔にすくんでしまっている。リッドの前掛けには肉からとびちった赤いものが点々とついていて、それがさらにすごみを増していた。
「不手際もあると思いますが、大目に見てやってください。あ、これ冷める前にどうぞ」
「は、はいどうも恐縮、です…」
 これみよがしに溜息をつき床板をきしませながら厨房に戻ると、目をまんまるにしている店主と目が合った。
「いやあ、若いってのはいいねえ」
 リッドは力の抜けた笑いを返すしかなかった。店主が想像した様な、あまい感情からくる行動ではないとわかってもらうのは、働くより骨がいることだと思ったからだ。
(しみついてるんだよ、昔っからな)
 説明するのに必要な材料がまるで足りないことは、リッド自身がよくわかっていた。何よりもまずファラの前に立つ癖があるわけを上手く説明できるなら、こちらが教えてほしいくらいだ。



「はあー、いそがしかったねえ。あんまりお客さんが多いから目が回っちゃったよ」
 のんびりとした調子でファラが言うものだから、リッドは少し腹が立った。あれから何人に睨みをきかせたかわからない。つまり、リッドは倍以上の仕事をしたといっていい。
「オレはくたくたで死にそうだけどな」
 すこしばかり皮肉を込めて能天気なファラを見上げる。
「リッド、すっごくがんばってたもんねえ。えらいえらい。あ、肩もんであげよっか?」
「おい、なーんか褒められてる気がしねえぞ?」
「そーお?」
 人気のない夜の食堂は昼間とうってかわって静かで、まるで別の場所にいるようだった。
 だらしなく椅子に座るリッドは手元を照らす程度のろうそくに手を伸ばし、何に気なしに炎をゆらしてみた。並んで腰かけた二人の影が溶けるかのようにゆらりとする。弱々しい明かりにチョーカーのまかれた細い首筋がぽうっと浮かび上がり、リッドは見てはいけないものを見てしまったように感じ、ぎこちない動きでろうそくから手を離した。
「そういや、なんで用心棒なんだ? 泥棒でもでるのか?」
「うん、それがね」
 普段着に着替えたファラが、リッドを振り返る。心配するような瞳の色に、リッドはなぜだかぎくりとした。
「夜になると、食糧庫から聞いたこともない変な声が聞こえるんだって」
「へ、変な声ぇ?」
 つい素っ頓狂な声をあげてしまう。嫌な想像が頭をかけめぐり、リッドはうすぐらい店内が急にものすごく寒くなったように感じた。
「だから街の人たちには頼めなかったんだって。うわさになっちゃったら、お客さんが来なくなっちゃうもんね」
(そりゃそうだろうよ)
 リッドは初めて、依頼を受けたことを心底後悔した。こんなことならさっさと別のやつに回しておくんだった。
 頭を抱えたリッドの肩を、ファラが元気づけるようにたたく。
「だぁいじょぶだって。いざというときは、わたしがなんとかするから。あ、手にぎっててあげよっか?」
 もう答える気力もなかった。
 かすかに油のにおいがするテーブルに突っ伏すと、額から冷たさが伝わってきた。こうしてると、頭も冷える。頭の中に浮かんだ嫌な想像も、多少はうすれるような気がした。
 ろうそくの燃える音の中に、自分のものではない呼吸が聞こえる。
 顔をあげたリッドの視線は、やはり自然にファラへと向けられた。一日の疲れのためだろうか、白い頬の高いところが、ほんのりと赤く染まっている。
 そういえば、こうして二人きりになるのはずいぶん久しぶりだった。バンエルティア号に乗員が増えてからは、向きあって話すことは少なくなっていたような気がする。
 気がついたときには、リッドは手を伸ばし指の背でファラのほおに触れていた。
 ぴくりと肩をふるわせたファラのはしばみの瞳がこちらを向く。ためらいがちに開かれようとした唇は、ファラらしくなく中途半端に止まってしまった。
 リッドはゆっくりと目を細めた。
「遠慮すんなよ、おまえらしくもねえ」
 片方で頬杖をつき、片方でやわらかいほおをなでながら、リッドはうながした。
「オレになんか聞きたいことがあるんだろ?」
 ファラの瞳がすこしとまどっているときは、リッドに尋ねたいことがある合図だった。
 リッドはどちらかといえばおおざっぱな性格で、ときにはがさつにとられることもある。けれど、人の抱えた傷や痛みに軽々しく触れる真似は、けしてしなかった。
 もし、例外があるとすれば、それはファラだった。
 ファラのささいな仕草ひとつが胸を安堵させかきみだすのだと、リッドはずいぶん昔から気付いている。もっとも、その意味を考える機会は、ごく最近までなかった。ファラのはしばみ色の大きな瞳が、ほっとしたのがわかる。
「わたしのことならなんでもわかってるって顔してるね?」
「当たり前だろ。何年幼なじみやってると思ってんだよ」
 笑いながら、ファラがうなずく。ファラの小さな手がおずおずと自分の手の甲に重なるのを見ても、ふしぎなことに恥ずかしく思う気持ちは少しもなかった。
「ええとね、リッド、いつ帰るのかなって」
「はあ?」
「昼間、店主さんと話してたでしょ。村に戻るって」
「な、なんだよ、おまえ、あれ聞いてたのか?」
 自分達の関係を否定しなかった事まで聞かれたのかとリッドはうろたえるが、ファラは小さく首を動かすだけだった。
「だったら、そろそろ準備をしなきゃいけないのかなって思って」
「準備? 準備って、なんのだよ?」
「いろいろかな。気持ちの整理とか心構えとか、もし、もしもリッドがいなくてもいいように」
 ファラのまばたきに押し出された涙がぽたりと落ちて、二人は同時にびっくりした。
「おい、どうしたんだよ」
「え、あれ、おっかしいな、どうしちゃったんだろ」
 あんまりびっくりしたのか、ファラはすぐに反応できないでいる。しかたなく、リッドが代わりに手を伸ばし親指の腹で目元をぬぐった。熱があるかのように、あつかった。
「あれが泣くほどのことかよ。ただの世間話だろ?」
「だって、勝手に泣けちゃったんだもん。しょうがないでしょ」
「へえへえ」
 軽口をたたけるくらいで、リッドはむしろほっとした。落ち着かない態度を見せたくはなかった。うれしそうにしたら、きっとファラを怒らせてしまう。ごしごしこすると痛くさせそうで、リッドは気をつけながらファラが泣き止むのを待った。しばらくして、されるがままのファラがくすぐったそうに身をよじる。
「もうだいじょうぶだよ。ありがと、リッド」
 けれどリッドは手を離さなかった。あたたかい頬を両手で包んだまま、じっとファラの瞳をのぞき込んでいる。
「リッド?」
 なんでこの大きな瞳は、幼い頃とちっとも変わらないのだろう。
 一緒になってころころと転げ回っていた時が胸の奥でよみがえり、リッドを言葉にしがたい気持ちにさせる。ずっとずっと変わらないのだと無邪気に信じていたあの頃の気持ちは、大人になったリッドには少し甘すぎた。
(いろいろ準備ってのは、オレも同じだ)
 村での生活を捨てる気はなかったし、ギルドの一員である自覚もあまりない。店主に話したとおり、身の振り方は自分で決める。村を出るときも、ギルドを立ち上げるときも、わがままを言われたから同行したわけではない。
 リッドが自分で決めてファラの後ろにいたのだ。あぶなっかしくて、とても放っておけない。そそっかしいこのおさななじみは、自分がいないとどんな騒ぎを起こすことか。それでもリッドを自由にしてくれようとして無意識に泣いてしまうファラが、たまらなくいとおしく、息が出来なくなるほど切なかった。
(別々の道なんて、考えたことあるか?)
 いつかファラは、自分を必要としなくなる。
 その考えを、リッドはいつも遠ざけてきた。来るべく日まで物置の隅っこでほこりをかぶっていてほしかった。
「なあに早とちりしてんだ」
 奥にしまいすぎて、どこにあったかもわからなくなってしまった。そう想像したリッドは、急に笑い出したくなった。
(まあ、用心棒でもいいか)
 とりあえずは、それで構わないという気になっている。
 きょとんとしているファラにわかってもらうのは大変だろうし、説明に使う言葉もまだ足りなかった。
「まだ帰る気もねえし、どこにも行かねえよ。大体、オレがいなかったら誰がファラの後始末するんだ?」
「なあにその言い方。失礼しちゃうなあ」
 かわいくほおをふくらませるファラに、リッドはかるく笑い声をあげた。それから、ちょっとだけ真面目な顔つきになると、ファラの頬を自分のほうへ引き寄せた。
 キスのひとつくらい、許されるだろう。
 初めてふれる唇は、こわれてしまいそうなほどやわらかく、胸の奥を甘くきしませた。



「お二人とも、お疲れ様でした!」
 上機嫌のチャットがねぎらいの言葉をかける。バンエルティア号を包むすっきりとした朝日がやたらと目に刺さって、リッドはぼんやりしていた。
「それにしても、野良猫が住み着いてただなんて! 想像しただけで寒気がしますよ」
 ぶるっと体を震わせるチャットをファラがなだめる。
「まあまあ。リッドが捕まえたから解決したんだし、ね?」
「それもそうですね。ああ、リッドさんとファラさんにお願いして本当に良かったです」
 しみじみと頷いている理由は他にもあるような気がしたが、リッドはあえて追求しなかった。実はその野良猫(という割には毛が青くてやけに耳が長かったが)がこの船で保護されているとチャットが知るのは、もう少し後でもいいだろう。飼い主捜しはまた別の仕事だ。解決済みの箱に入った依頼書に目をやりながらリッドは肩を鳴らした。
「ったく。こんな依頼、もうたくさんだからな。昼から朝までさんざん働かされて肩こったぜ」
「またまたあ。リッド、けっこう様になってたよ? 意外とああいう仕事が向いてるのかも」
「ないない。飯作ってるだけなんてやってらんねえよ」
「あはは、それもそっか。でも楽しかったなあ。わたし、また引き受けてみよっかな」
「冗談でもきつすぎるぞ、それ」
 ぽんぽんとやりあう二人を、チャットはにこにこと見ている。やっぱり二人に行ってもらって正解だった。
「リッドさんもファラさんも徹夜でお疲れでしょう。今日はゆっくりと休んで下さい」
 いそいそと背中を押しやり、チャットは二人を見送った。やっぱり二人は一緒にいるのがしっくりくる。
 かすかにあったぎくしゃくした感じも消えているし、何より一番の仲間であるリッドとファラがしあわせそうで、チャットはとてもうれしかった。
 笑いながらのんびりと居室へ歩いて行くリッドとファラの距離が大分近いような気もするが、そこは一人前のキャプテンとして見なかったふりをしようと思った。